これが長編映画デビューとなる石川慶監督の、独特の映像センスが光る映画だ。彼はポーランド国立映画大学で演出を学んだとのことだが、登場人物の心の闇を象徴するかのような、深く沈んだ色調の画面は日本映画ではあまり見かけたことがない。まさしくクシシュトフ・キエシロフスキやイエジー・スコリモフスキといった、ポーランドの監督たちの作品を思い起こさせる。
週刊誌の記者である田中武志は、ある凄惨な殺人事件を取材している。一家3人を包丁でメッタ刺しにした犯人の手掛かりは掴めず、一年経った今でも捜査は難航したままだ。事件の被害者である田向家は、エリートサラリーマンの父親に美人の母親と育ちの良い娘という、文句の付けようのない家族だったのだが、武志が田向を知る者たちにインタビューするうちに、彼とその妻の“裏の顔”が浮かび上がっていく。
一方、彼の妹の光子は育児放棄の罪で逮捕されている。武志は折を見て弁護士と共に留置場に面会しに行くが、光子はメンタル障害を疑われ、精神科医の診断結果を待っている状態だ。
冒頭、バスに乗る武志が他の乗客から席を譲ることを強要され、その当てつけに低劣な小芝居を弄する場面から、この男の空虚な内面が伝わってくる。さらに、武志の取材相手がどいつもこいつもロクなものではなく、加えてこの殺人事件の背景には複雑な事情があることが明らかになる。とはいえ実情は“複雑”ではあっても深みは無い。各人の身も蓋もない(しかも、レベルの低い)本音や悪意が交錯し、結果として取り返しの付かない事態に陥ったという、そういう仕掛けだ。
この底の浅い構造を観る者に切迫感を持って提示することが出来たのは、前述のユニークな映像感覚によるところが大きい。特に印象に残ったのが、田向家の住まいだ。周囲からやや高い位置にあり、しかも外観は無機質である。高級住宅地に位置してはいるが、住む者の薄っぺらい虚栄心が横溢しているようだ。それを見上げる犯人との構図は、黒澤明の「天国と地獄」を思い出す映画ファンもいることだろう。
貫井徳郎による原作は数年前に読んでいるが、それに比べてこの映画化作品の筋書きはあまり上手いとは言えない。光子の学生時代を描くパートは作劇上重要であるはずだが、確固としたヒエラルキーが存在するキャンパス風景と、それに対応する光子との関係性が描き切れていない。そもそも、恵まれない生い立ちの彼女が有名私大を目指した理由が分からない。普通の公立校でも良かったのではないか。
武志に扮する妻夫木聡をはじめ、小出恵介、臼田あさ美、市川由衣、松本若菜といったキャストは万全。中でも素晴らしいのが光子役の満島ひかりで、こういう不安定な内面を抱えたキャラクターを演じさせると絶品だ。プロットには不満はあるが、演技陣の頑張りと独自の映像を堪能できるという意味では、観る価値のある映画である。