綱引きを題材にしたスポ根ものだが、驚いたことに肝心の試合のシーンが少ない。中盤の小学生チームとの練習試合と、ラストの本大会の一回戦、これだけだ。しかし、そのことが決して作品の欠点になっておらず、結果として満足出来る映画に仕上がっているのだから面白い。
大分市役所の広報課に務める千晶は、市長から地域興しのための女子綱引きチーム結成を命じられるが、なかなかメンバーが集まらない。折も折、彼女の母親が勤める市の給食センターが廃止されて民間委託されるかもしれないという事態が発生。千晶は、給食センターの職員で綱引きチームを結成し、全国大会にエントリーすることが出来ればセンター廃止を取りやめることを市長に約束させる。
本作の長所は、各登場人物のプロフィールを丹念に掘り下げることにより、地方都市を取り巻く問題を上手く描いている点だ。大分市は一応県庁所在地ではあるが、別府や湯布院といった観光地に比べると地味な印象を受ける。もちろん県内随一の都市なのだが、決して大都会ではなく、不景気の波はそれなりに押し寄せている。
メンバーの一人はダンナが仕事中にケガをしてリストラされ、再就職もままならない。またある者は兄弟全てが県外の都会に出てしまい、認知症の父親を一人で世話している。そして、亡き夫の連れ子を育てる主婦は、完全に生活に疲れている。ヒロインの母親にしても、夫の死後長い間娘を女手一つで育て、やっと就職させて一息ついたばかりだ。
考えてみたら、ここで取り上げられる“安定した職業”というのは、市役所の職員と、綱引きのコーチングを買って出るJAの関係者ぐらいしかない。しかも、当局側は給食センターという市の事業所を民間に払い下げて従業員を“不安定な身分”に追いやろうとしている。つまりは、目先のソロバン勘定しか考えていないのだ。
本作は“ご当地映画”であるにもかかわらず、市の幹部を悪者として扱っている点が面白い。財政健全化に繋がると思って実行した施策が、逆に市民を圧迫する結果になる。こういうことは現在日本中の自治体で起こっていることなのだろう。
水田伸生の監督作を観るのは初めてだが、ソツのないドラマ運びで好感が持てる。主演の井上真央は努力型の女優で、才気はないが登板を重ねるごとに上手くなっている。これからもキャリアを伸ばしていくことだろう。コーチ役の玉山鉄二は三枚目役を楽しそうに演じているし、脇を固める浅茅陽子や西田尚美、渡辺直美、笹野高史、風間杜夫、松坂慶子といった面々も実にキャラが立っている。
競技としての綱引きのシステムが紹介されているのも興味深い。最後に描かれる試合のシーンは、それまで散りばめられていたモチーフが一つになり、素晴らしい盛り上がりを見せる。観ている方も思わず手に汗を握ってしまった。劇中の“人生は団体戦だ!”というセリフも効いている。