面白い。山田洋次監督が「男はつらいよ」シリーズ以来久々に手がける喜劇だが、乗りまくる演出で劇場内は何度も哄笑に包まれた。もちろん笑いだけではなくペーソスも適度に織り込まれており、鑑賞後の満足感は大きい。こういう幅広い層に受け入れられそうなコメディは昨今の日本映画でも珍しく、その意味でも存在感は屹立している。
東京近郊(ロケ地は川崎市宮前区)に暮らす平田周造は、定年後は好きなゴルフと飲み屋通いに明け暮れ、悠々自適の生活を送っていた。ある夜、いつものようになじみの小料理屋から帰宅した彼は、その日が妻・富子の誕生日だったことに気づく。そんなことも忘れていた周造だったが、たまにはプレゼントでもしてやろうかと妻の希望を聞いてみると、彼女が持ち出してきたのは何と離婚届であった。プレゼント代わりに署名捺印をして欲しいと言うのだ。
平田家は三世代同居であり、長男夫婦と孫二人、そして未だ独身の次男が一緒に暮らしているが、当然のことながら彼らはショックを受ける。別居している長女の夫は“義父さんの浮気が原因だ”と思い込み、私立探偵に調査を依頼するものの、騒ぎは大きくなるばかり。そんな中、次男が婚約者を家まで連れてくるが、ちょうどその時は離婚をめぐる家族会議が開かれる算段になっていた。すったもんだの末、ようやく富子は周造と別れたい理由を口にするのだった。
思わぬトラブルが勃発して揺れに揺れる平田家だが、実は一番理想的な家庭であることが強調されている。祖父母がいて孫がいて、皆好き勝手に自己主張して、かなりうるさいけど賑やかで楽しい。劇中で小津安二郎の「東京物語」が挿入されるが、小津が描き続けた家族像とは正反対の、理想的な家族の姿が何の衒いも無く提示される。
よく見ると、主人公達以外の家族はそんなに幸せには見えない。特に次男の恋人の家庭は“何となく不協和音を奏でて、何となくそれを受け入れた”というパターンである。実際にはそんなケースの方が多いのだろう。だが、そのことが平田家の特異性を浮かび上がらせることには決してならない。どんな家族にも、平田家のような有り様が現出するという可能性を示すという、作者のポジティヴな姿勢が感じられ、実に好ましい。
周造役の橋爪功をはじめ、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、妻夫木聡といった「東京家族」と同様のキャストが顔を揃えるが、皆持ち味がよく出た好演を見せる。小林稔侍や風吹ジュンなどの脇の面子も的確。そして小津の「東京物語」の原節子と同じ役名で登場する蒼井優は主人公一家にとってのアウトサイダー的な存在だが、「東京物語」とは異なる立ち位置であるのは興味深い。もちろん、蒼井の演技も万全だ。
ギャグの振り方は堂に入ったもので、ひとつひとつは使い古されたネタなのだが、絶妙のタイミングで繰り出してくるので退屈するヒマがない。久石譲の軽妙な音楽や、横尾忠則によるタイトルバックも花を添える。間違いなく本年度屈指の日本映画だ。