演劇界の鬼才と言われているらしい福原充則の監督デビュー作。上映時間が73分と短いが、とても長く感じられる。これは映画の段取りが上手くいっていないことを示しており、やはり舞台劇のノウハウをそのままスクリーン上に移設しても良い結果には結び付かないのだろう。
郊外の住宅地にカレー屋をオープンするはこびになった若夫婦は、翌日の開店を控えて準備に精を出していた。そこにやって来たのはゴーマンなバイト志願者。立場をわきまえずに横柄な口を叩く彼に夫婦は呆れるが、次に現れる者達と比べれば可愛いものだった。レトルトカレーを開店祝いに持ってきた怪しい若者と、全身傷だらけで大金を抱えた不動産屋兼ヤクザは、何と店主の妻・あさこの不倫相手だったのだ。
実は彼女はトンでもなく尻が軽く、誘われれば拒まないタイプで、店主はそのことも含めてあさこを許容していたのだが、今日ばかりは堪忍袋の緒が切れた。やがて開店の手伝いに来ていた夫の後輩をも巻き込んで、ワケのわからん騒動に発展する。
終盤あたりまでカレー屋の店内に舞台は限定されるが、それが映画作りとして得策だったとは思えない。なるほど不条理なセリフの応酬とキャストの大仰な身振り手振りで盛り上がっているように見えるが、まるでアングラ芝居を最前列で無理矢理鑑賞させられたような圧迫感しか覚えない。映画らしい空間をもっと使って、広がりのある作劇にならなかったのだろうか。
さらに致命的なのは、あさこがブチ切れて店を飛び出し、まるで“愛の伝道師”みたいなスタイルで暴走を始めるラスト近くの展開だ。それまで狭いスペースに押し込められていた映画のサイズが一気に広がり、観客にカタルシスを与える絶好のチャンスだったのだが、これがまるで不発。それまでの限定された舞台と同じような演技・演出スタイルしか提示出来ず、バックに広がる野外空間に完全に負けている。ここはもっと大風呂敷を広げて、もっと大作っぽい雰囲気を醸しだし、観る側を圧倒させるべきだった(予算不足は言い訳にならない。撮り方の問題だ)。
福原の監督ぶりは“オレ様調”で、映画に適用出来るようなフレキシビリティを感じさせない。ヒロインを演じる黒川芽以は過去にいくつかの映画に出ているはずだが、まったく印象に残っていない。今回初めて主演作を観たことになるが、頑張っていることは分かるものの、セクシーさと余裕が不足している。夫役の野間口徹とヤクザに扮した永島敏行の方が却って目立ってしまう。登場人物全員が走ってゆく幕切れを観ながら、何となく冷え冷えとしたものを感じてしまった。