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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「エール!」

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 (原題:La famille Belier )作り方を間違えている映画である。この設定においてドラマが一番盛り上がる点は何か、そこへたどり着くまでのプロセスはどうあるべきか、そんなことが一切考慮されていない印象を受ける。シチュエーションだけで満足しているような、作り手の不遜な態度が垣間見えるようだ。

 フランスの片田舎で農業を営むベリエ家は、高校生の長女ポーラ以外、全員が聴覚障害者である。彼女は両親と弟の“耳と口”の役割を果たし、一家を支えていた。ある日ポーラは音楽教師のトマソンに歌の才能を認められ、パリの音楽学校で行われるオーディションを勧められる。合格すれば音楽の仕事をしながらパリの学校に通えるのだ。思わぬチャンスが到来して喜ぶ彼女だが、歌声を聴けない家族からは反対される。何より、ポーラは家族と“外界”とのコミュニケーションに欠かせないのだ。彼女は家族を説得すべく、一計を案じる。

 この話が成り立つためには、ポーラの歌声が本当に素晴らしいことが不可欠だ。誰が聴いても、こんな田舎に埋もれさせておくには惜しいと思わせるほどのパフォーマンスを見せつけることが大切である。しかし、どういうわけか、彼女の歌唱力は大して高くない。ハッキリ言って“中の上”クラスだ。こんなレベルでオーディションを勝ち抜けるとは、とても思えない。

 もっとも、映画の前半では“本当は歌が上手いのではないか”と思わせる箇所はある。それは合唱団の練習時で一瞬だけ伸びやかなソプラノを響かせる場面だ。当然それ以降はその唱法を突き詰めていくと思ったのだが、予想に反してそうならない。代わりにルックスが良い男子同級生とデュエットするの何だのという、ラブコメ的展開が用意されるのみ。これでは盛り上がるはずもないのだ。

 そもそも、この家族の有り様はホメられたものではない。要するにポーラを“便利屋”扱いして家に縛り付けているだけではないか。特にヒドいのが母親で、完全に子供を自分の所有物として見ている。父親も大した考えも無いまま村長に立候補するという脳天気ぶりで、コメディ仕立てとはいえ、随分といい加減な振る舞いが目立つ。こんな家はとっとと出て行くに限る。

 唯一印象に残ったのは、耳の聞こえない者ばかりの家庭は物音に対して無頓着だという点だ。ベリエ家は朝から食器をガチャガチャと鳴らしたり床をドンドンと踏みつける音で喧しい。まあ仕方が無いと言えるが、かなり異様な感じを受ける。

 エリック・ラルティゴの演出は平板。ヒロインを演じるルアンヌ・エメラは本作でセザール賞の新人賞を獲得したらしいが、それほどの逸材とは思えない。なお、劇中でミシェル・サルドゥの楽曲が流れるが、聴くのは久しぶりだ。昔のフレンチ・ポップスには良い曲が多かったと、つくづく思った。

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