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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「駆込み女と駆出し男」

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 リズミカルなセリフ回しに尽きる映画である。井上ひさしの時代小説「東慶寺花だより」(私は未読)を元にした作品だが、ストーリーは駆け足になりがちで大事なモチーフが描かれていないという欠点はあるものの、この独特の会話のノリで2時間23分の上映時間を一気に見せきってしまう。いつもながら原田眞人監督の力量は大したものだ。

 1841年、天保の改革による質素倹約令が出され、経済成長は止まり庶民の暮らしは苦しくなる一方であった。当然、そのしわ寄せは社会的弱者である女たちに来る。鎌倉の東慶寺はいわゆる“縁切り寺”として離婚を望む女が逃げ込むことを許されていたが、当時は困窮してこの寺の門を叩く女も後を絶たなかった。

 今回も東慶寺に顔に火ぶくれがある鉄練り職人のじょごや、唐物問屋の主人の妾であるお吟たちが逃げ込んでくる。彼女たちの身柄は寺指定の宿である柏屋が一時的に預かっていたが、見習い医師で戯作者の修業をしている信次郎は縁あって柏屋の居候となり、彼女らの世話をすることになる。

 各登場人物の会話はかなり早口で、最初はよく聞き取れない。だが、それが江戸っ子の“きっぷの良さ”や時代の雰囲気や話し手の勢いが伝わってきて、ほとんど気にならなくなる。これは単に“セリフの抑揚に奇を衒ってみた”ということではなく、会話のリズムに乗せてカメラやストーリー展開も勢いを増すという相乗効果を狙ってのことだ。

 特に信次郎の造形にそれはよく現れており、もっさりした感じの大泉洋がドラマを一人で引っ張っていけるほどの“作劇的リーダーシップ(?)”を発揮。柏屋に乗り込んできたヤクザを口上だけで撃退するシーンは本作のハイライトだ。

 とはいえ、改革の先導者である水野忠邦およびその取り巻きが時代から“退場”した経緯は描かれておらず、唐物問屋の旦那の事情が詳説されていない等、不手際も目立つ。だが、そういう瑕疵があまり気にならなくなるほど作品の独特の持ち味は際立っている。

 大泉以外のキャストでは、何といってもじょごに扮する戸田恵梨香に注目だ。元より実力はある女優だと思っていたが、今回は世間知らずで一方的に夫にこき使われていた人妻が東慶寺に駆け込むことによって、見る見るうちに自分を取り戻していく様子を違和感なく演じて圧巻だ。お吟を演じる満島ひかりも鉄火肌の立ち振る舞いから寺に入ってからの薄幸な佇まいまで、振れ幅の多いキャラクターを余裕でこなしている。

 内山理名、キムラ緑子、樹木希林、堤真一、山崎努ら中堅・ベテラン勢の存在感は言うまでもない。ヘヴィなエピソードも散見されるが、観終わった印象は明るく爽やかだ。原田監督も機会があればまた時代劇を手掛けて欲しい。

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