(原題:FOXCATCHER)図式的で底の浅い話を、いたずらに深刻ぶって語っているだけの映画で、とても評価できない。オスカー獲得確実という前評判があったが、いざ蓋を開けてみるとノミネーションは主演男優賞と助演男優賞のみで、結果は受賞ゼロであったのも納得できるようなレベルである。
レスリング選手のマーク・シュルツは84年のロス五輪で金メダルを取ったが、その後は練習環境に恵まれず、経済的にも不遇であった。ある日、デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンから、ソウル・オリンピックに向けてのレスリングの強化チーム“フォックスキャッチャー”を作るから入らないかという依頼を受ける。
マークにとっては理想的な条件で、二つ返事で承諾するが、練習を続けていくうちにエキセントリックな性格のジョンと選手たちとの間には溝が生じてくる。やがてマークの兄で同じく金メダリストのデイヴがチームに加わるが、事態は混迷の度を増し、思わぬ惨劇が発生する。デュポン財閥が所有するフォックスキャッチャー農場で実際に起きた事件を題材にしたドラマだ。
要するに、互いに孤独を抱えていたマークとジョンは共鳴し合い、ジョンは“リア充”の者に嫉妬して凶行に走ったと、そういうことらしい。しかも、それ以前にマークは兄へのコンプレックスに悩まされ、ジョンは母親との確執があったというシンプルすぎる設定が提示されている。こんな通り一遍で明け透けな筋書きをもって実録物を作ろうという、その能天気さには脱力する思いだ。
もっと深く掘り下げるか、あるいは思い切った解釈をして観客の度肝を抜くか、いずれにしろ映画化に対する強い動機付けや求心力が無ければ製作する意味も見い出せない。いくら静謐で抑えたタッチで“意味ありげ”なポーズを気取ろうと、無駄なことだ。
だいたい、この事件が起きたのがソウル五輪からかなりの時間が経った96年であり、いかにもソウル大会から間もない時点で発生したような描き方をしている本作は、事実を捻じ曲げていると解釈されても仕方がない。
ベネット・ミラーの演出は「マネーボール」よりも質的に後退し、その前の「カポーティ」で見せたような退屈で要領を得ない展開に終始。客席では居眠りをしている者も散見されたが、無理もないと思う。ジョンを演じるスティーヴ・カレル、マーク役のチャニング・テイタム、デイヴに扮するマーク・ラファロ、いずれも熱演だが斯様に作劇に力がないので空回りしている感がある。
印象的だったのはジョンの母親を演じるヴァネッサ・レッドグレーヴの貫録と、グレッグ・フレイザーのカメラによる清澄な映像のみ。あえて観なくても良い映画である。