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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「ペパーミント・キャンディー」

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 (英題:Peppermint Candy)99年作品。観ていて胸を締め付けられた。大胆な構成とキャストの好演により、この頃の韓国映画を代表する秀作の一つに仕上がっている。各地の国際映画祭に出品され、本国でも大鐘賞の5部門独占受賞を果たした。

 40歳になる主人公のヨンホは、久しぶりに集まった労働組合の元仲間たちが催したピクニックに参加する。河原で楽しげにはしゃぐ昔の同僚たちを尻目に、彼一人が浮かない顔だ。やがて彼は鉄橋によじのぼって線路に入り、向かってくる列車に両手を広げて立ちはだかる。その3日前にヨンホは自殺を決意していたが、ひょんなことから彼はペパーミント・キャンディーの瓶を抱え、今は人妻となった死の床にある初恋の女性スニムを見舞いに行くことになる。そして映画は時制を逆行し、冒頭の99年の春から、ヨンホが20歳の若者だった79年の秋までを追う。



 この頃、80年の非常戒厳令拡大措置から光州事件、ラングーン事件、大韓航空機爆破事件と、韓国は激動時でもあった。主人公も当然無関係ではいられない。ヨンホはかつて公安刑事で、反政府抗議運動を繰り広げる者達を取り締まるため、容赦のない訊問・拷問を実行した。それでも彼は最初はリンチまがいの尋問にためらうのだが、やがて平気で激しい取り調べを行い、相手に重大なダメージを与えるようになる。気弱で心優しかった彼の心は、この時点で“死んで”しまったのだ。

 それからの妻との妥協的な結婚や刹那的な浮気等の描写は、人生を捨ててしまった男の荒廃ぶりをえぐりだして観る者に大きなインパクトを与える。だが、本作はそんな韓国独自のバックグラウンドだけで作劇を際立たせているのではない。



 悲惨な運命が待ち受ける前にも平穏な日々が存在していたという、その厳然たる事実を普遍的に活写し、改めて人生の残酷さと不思議さを強く印象づけることによって、この映画は屹立した魅力を獲得したと言えよう。

 イ・チャンドンの演出は強靱で、イレギュラーな設定をものともせずにドラマを形成している。主役のソル・ギョングをはじめムン・ソリ、キム・ヨジンら脇の面子も含め、皆好演だ。

 ラスト、これから待ち受ける苦難の人生を知らずにガールフレンドに向かって夢を語るヨンホの姿は本当に素敵だ。その夢や希望が脆くも崩れ去ってしまうまでそう時間は掛からないのだが、だからこそ、その瞬間の輝きが掛け替えのないものになる。鑑賞後のインプレッションは苦いが、決して絶望的な気分にはならない。広く奨めたい映画である。

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