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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「こっぱみじん」

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 若い登場人物達の微妙な内面の動きを巧みに掬い取った演出により、見応えのある映画に仕上がった。このインパクトがあるタイトルは、監督の弁によると相手のちょっとした“裏切り”によって自己の存在を完全否定され、簡単に文字通り“こっぱみじん”な気分になるという、当世の若者気質を表したものらしい。

 もちろん、いつまでも“こっぱみじん”のままでは埒があかないので、そこから何とか立ち直るべく模索するのだが、つまりは若い頃は“こっぱみじん”状態からの復旧の繰り返しであるという、面白い見方に準拠している(ただ考えてみれば、それは若者だけではなく誰でもそうなのだが ^^;)。



 群馬県の桐生市に住む美容師見習い中の楓は、仕事には身が入らず、男友達との交際も惰性で続けている。そんな時、幼馴染で初恋の人・拓也が6年ぶりに街に戻ってくる。楓の兄の隆太とその婚約者の有希も拓也の帰郷を喜び、楓は相変わらず優しい拓也に再び恋心を抱く。

 ところが拓也はゲイで、彼が本当に好きなのは隆太だったのだ。しかも、有希が別の男の子供を妊娠していることが発覚。思いがけず複雑な四角関係に直面した4人は“こっばみじん”になりそうな自分を奮い立たせて、それぞれの解決策を探るのであった。

 快作「OLの愛汁 ラブジュース」(99年)で知られる田尻裕司監督は、ここでも卓越した心理描写を見せる。特に大きな屈託を覆い隠すように笑顔で食卓を囲む登場人物達の描き方は、本音を避けてその場を取り繕うとする小市民の一表現として出色であった。



 波瀾万丈の人生を望む一部の者達を別にすれば、無難で大過なく年を重ねていくことを希望する人間がほとんどだろう。しかし、真剣に生きる以上、必ず他者との軋轢は生じる。自分の思い通りに行かずに、煩悶することも多々ある。そこで自分に正直に振る舞うか、あるいは表面的な平和に縋り付いて事なかれ主義で生きるか、その選択はけっこう重いものがあるが、この映画に出てくる若い衆は否応なく前者をチョイスすることになる。

 逆に言えば、自分の気持ちを第一に考えることが通用するような“環境”にあるかどうか、それが問題なのだ。登場人物達は、かろうじて本音をぶつける相手に恵まれていた・・・・というか、頼れる者達を見つけ出すことができたのである(たとえば、楓だったら母親や職場の仲間など)。4人はこの一件を経て少しだけ成長するのだが、成長出来る“環境”を見出すことも、また大事である。

 楓役の我妻三輪子をはじめ、中村無何有、小林竜樹、今村美乃とキャストは馴染みの無い名前ばかりだが、皆とても上手い。特に我妻の存在感には圧倒させられた。もちろん田尻監督の演技指導の賜物なのだが、ネームヴァリューを無視して実力本位のオーディションで出演者を決めたことも大きいと思う。地方都市の風情と、それを活かす透き通るような映像が印象的。青春映画の佳編である。

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