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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「父、帰る」

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 (原題:Vozrashchenie )2003年作品。第60回ヴェネツィア国際映画祭の大賞を獲得した珠玉のロシア映画。12年ぶりに帰ってきた父親と十代の息子たちとの葛藤を、痺れるほどに美しく、かつ厳しい大自然を背景に描く。

 アンドレイとイワンの兄弟は、ロシア北西部にある小さな村で母親と祖母と共に暮らしている。ある夏の日、二人が小さい頃に家を出て音信不通になっていた父が突然帰ってきた。しかも、それまでどこで何をしていたのか、一切口にしない。当惑する兄弟だが、父親は家長のように振る舞い、家の中を仕切り始める。そして、いきなり息子たちと旅に出ると言い出すのであった。父と兄弟の3人は釣り竿とテントを車に積み、遠い北部の湖に浮かぶ無人島を目指して出発する。



 父親がどういう素性の者なのか、具体的には語らずにドラマは進む。そして唐突な終焉を迎える。ハリウッド映画の方法論に頭が冒されている者からすれば、この映画のラストに不満を抱くだろう。しかし、親子関係なんてものは、何もかもが“解決”してヨシとするような筋書きで総括できるものではない。

 ここで描かれているのは矛盾に満ちていながらも屹立した偉大さを併せ持つ“父性”そのものだ。ここでの12年間もの“不在”により親子関係を最初からやり直さねばならないという設定は、父性の何たるかを再構築させる作者の意図を反映していて見事。

 そして、それぞれが深い意味を持つ象徴的なエピソードをロードムービーの形で絶妙に配置してゆく新鋭アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の手腕には唸った。アンドレイ・タルコフスキーばりに“水”を物語のメタファーとして効果的に扱うあたりも凄い。



 キャストは皆好演で、特に次男に扮した子役イワン・ドブロヌラヴォフの、父親に対する屈折した想いをギリギリにまで出し切った演技には泣けてきた。ミステリアスな父を演じる、コンスタンチン・ラヴロネンコの存在感も見逃せない。21世紀初頭を飾るヨーロッパ映画の秀作であり、少しでも親子関係で悩んだ経験のある観客にとっては、本当にたまらない気分にさせてくれる映画である。

 ひるがえって、今の日本にこのような父は存在するのだろうか? 我々はいまだに江藤淳の言う「恥ずかしい父親」しか持っていないのではないだろうか。

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