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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「オー!ファーザー」

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 伊坂幸太郎の小説の映画化作品の中では、一番出来が良い。伊坂の作品の映像化は難しいのだ(もっとも、この映画の原作は未読なのだが ^^;)。愛読者が多いことからマーケティングの面で映画の題材として取り上げられやすいのは分かるが、アプローチの仕方も吟味しないまま“何となく”映画化しても成功するものではない。その点本作は、アプローチの仕方を吟味している様子が垣間見られ、好感が持てる。

 高校生の由紀夫は、母親が妊娠した頃に4人の男と付き合っていたおかげで、4人もの“父親”を持つハメになって今に至っている。しかも、その4人とは家族として一緒に暮らしているのだ。彼らの住む町では市長選挙の真っ最中で、二人の候補者の裏では町を牛耳るボスが暗躍しているらしい。ふとした偶然からこの“裏社会”と関わることになった由紀夫は、怪しい奴らに誘拐されてしまう。4人の父親たちは息子を窮地から救うべく、一致団結して戦いを挑む。

 普通に考えれば、本当の父親は一人だけだ。あとの3人は由紀夫の母親のことは諦めてそれぞれの道を歩むべきなのだが、そうしないのは明らかにデタラメである。しかも、父親の一人が町のボスと知り合いで、由紀夫の友人もボスの“悪だくみ”に一枚噛んでいて、由紀夫のクラスメイトも事件の関与を臭わせるかのように不登校を続けている。父親たちが誘拐された由紀夫の居場所を知るくだりも、その救出作戦の段取りも、かなり非現実的で説得力がない。

 斯様にドラマツルギーの観点からすれば落第点ながら、辻褄の合わない点がまるごと肯定されるのが伊坂幸太郎の世界の特徴なのだと思う。これを正面から映像化しようとしても、上手くいくはずがない。もちろん、今までも作る側はそのあたりは分かっていると見えて、映像ギミックを駆使したり製作者が輪を掛けてふざけてみせたりと、いろいろと策を弄したようだが、それらはほとんど小手先のテクニックに終わっている。

 では今回の藤井道人監督はどう臨んだかというと、これが拍子抜けするほどに正攻法なのだ。ヘタに細工せず、真面目に撮っている。この“実直さ”を違和感なく見せきるのに大いに貢献しているのが、舞台設定である。

 地方都市(ここでは千葉県)の新興住宅地で、古くからの住民は見当たらず、居住者はすべて足が地に着かないような雰囲気を醸し出している。町を裏から仕切っているボスにしても、何やら“借り物”のようだ。このような作品の“空気”を造出させてしまえばこっちのもので、現実から浮遊しているようなハナシが展開されようとも“そういうものだ”と納得してしまうのだ。

 主演の岡田将生と、4人の父親役(佐野史郎、宮川大輔、村上淳、河原雅彦)は好演で、オフビートにならないギリギリのところで作品世界を支えるだけのパフォーマンスを披露している。柄本明や古村比呂、広岡由里子といった脇の面々も良いし、ヒロイン役の忽那汐里も可愛いだけではなく確かな演技を見せる。由紀夫の母親像をあえてクローズアップしない配慮は頷けるところで、後味の良さも含めて、広く奨められる映画だと思う。

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