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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「小さいおうち」

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 老いても果敢に新しい題材に挑む、山田洋次監督の“気合い”が感じられる一作。もちろん監督のリベラルな姿勢が変わったわけではない。ただ、いわゆる“クセ球”を採用したアプローチは、今までにはない意欲的なものだと言えるだろう。その意味でも観る価値はある。

 大学生の健史は大叔母のタキが亡くなった後、生前彼女が書きためていた自叙伝の最終章を見つける。昭和11年。東北の田舎から上京したタキは、山の手にある赤い屋根の“小さいおうち”でお手伝いさんとして働きはじめる。そこに住む平井家は、玩具会社に重役として勤める主人の雅樹、その美しい妻である時子、そして幼い息子の恭一の3人家族だった。タキはすぐに彼らと打ち解け、穏やかに暮らすことが出来た。

 そんなある日、平井家に雅樹の部下の青年・板倉が現れる。時子は彼に夫やその仲間にはない独特の魅力を感じ、板倉も彼女を好きになり始める。この危うい関係をタキは心配しながら見守っていたが、やがて板倉に召集令状が届いたことから、事態は急展開を迎える。

 家族の絆を描いてきた同監督には珍しく、本作では不倫というインモラルなモチーフを提示する。しかも、抑えた描き方ではあるが、直截的であることには間違いない。ならばこの映画は家族の崩壊を扱っているのかというと、決してそうではないのだ。人妻のよろめきも、周囲の疑心暗鬼も、やがて来る戦争という極限的にインモラルな事象を前にしては、民衆のいとなみの一つに過ぎない。

 そういえば、この映画のほとんどが大戦前夜の期間に割かれているが、すでに中国戦線などで激しい戦いが展開されていたとは信じられないぐらい、市民の生活は明るい。戦前はすべてが暗かったと思い込んでいた健史に代表される戦後世代の、大雑把すぎる史観(らしきもの)に対するアンチテーゼになっているようだ。

 原作は直木賞を獲得した中島京子の同名小説だが、私は読んでいない。各論評を読むと、原作とはかなり違うらしい。小説ではタキには同性愛的傾向があったり、恭一は連れ子で、雅樹は性的不能者といったネタがあるようだが、映画では切られている。“だからケシカラン!”とする映画評もあるが、私はそれで構わないと思う。

 タキが板倉に寄り添いたいことを暗示させるような映画の作りは、時子が板倉あてに書いた手紙をタキが自ら渡したいと直談判するシークエンス(この部分だけが手持ちカメラ)の盛り上がりに繋がっている。

 終盤、映画は現代に戻るが、各登場人物の意に沿わない運命を決定付けたものは、(何度でも言うが)やはり戦争だ。家族の“内側”の問題ではなく、どうしようもない“外部”の圧力によって翻弄される彼らの苦悩と、だからこそ慎ましい一般市民の生活の掛け替えのない大切さを訴える作者の姿勢には共感出来るものがある。

 時子役の松たか子にとっては「告白」と並ぶ代表作になることは間違いない。若い頃のタキに扮する黒木華の演技は素晴らしく、雅樹役の片岡孝太郎も憎めない小市民を軽妙に演じる。倍賞千恵子、吉岡秀隆といった山田組の常連や、妻夫木聡、橋爪功、吉行和子、夏川結衣など前作「東京家族」からの連続登板の面々も加え、キャストは実に安定している。

 本作では描写不足と思われる箇所もないではないが、ここ数年高水準の作品をリリースし続けている山田監督の力量は、映画ファンとしてはやっぱり無視出来ないと思う。

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