先日、福岡市中央区天神にある福岡シンフォニーホールで開催された、ソプラノ歌手の田中彩子のリサイタルに足を運んでみた。だが恥ずかしながら、私は彼女の名前をこのコンサートが告知されるまで知らなかった。聞けば18歳で単身ウィーンに留学し、22歳でスイスのベルン市立劇場において、モーツァルトの「フィガロの結婚」のソリストに選出されたという。これは同劇場日本人初で、しかも最年少での歌劇場デビューであり、大きな話題を呼んだとのこと。2014年の日本デビュー後は、各方面で露出が増えている声楽界のホープらしい。
また、彼女はソプラノの中でも高域で声を転がすように歌う技法のコロラトゥーラを得意としており、モーツァルトの歌劇「魔笛」における「夜の女王のアリア」をはじめ、それに相当するナンバーを披露してくれた。コロラトゥーラを実演で聴くのは始めてで、そのテクニックには感心するしかない。
全部で十数曲が演奏されたが、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」をはじめとするお馴染みのクラシックの声楽曲以外にも、モリコーネの「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマやマンシーニの「ムーンリバー」などのポピュラー系もカバーしてくれたのも嬉しい。もっとも印象的だったのはヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」のジャズ・バージョンだ。バックを務めるピアノの佐藤卓史とチェロの渡部玄一とのコンピネーションも万全で、見事にスイングしていた。それからピアノとチェロのデュエットによるカザルスの「鳥の歌」も冴え冴えと美しい。
余談だが、田中はかなりの美人である。しかし、その“地声”は強烈だ。フニャフニャの、いわゆる“アニメ声”で、見た目とのギャップが凄まじい。最初はウケを狙って“作っている”のかと思ったが、どうやらこれが本来の声であることが分かり、ただ驚くばかりだ。そのせいか、MCのパートになると周囲にお笑いの空気が充満する。さらには佐藤や渡部と息もピッタリの寸劇を披露。この“笑いを取れるソプラノ歌手”という個性は世界的にも貴重であり、これからの活躍が大いに期待されるところである。