(原題:SKYFALL )ダニエル・クレイグが主役を張った前2作よりもずっと面白い。もっとも、クレイグが昔のボンドみたいな軽妙洒脱でスマートな持ち味を発揮し始めたということでは全くなく、彼の愛嬌に欠けるゴツゴツとしたキャラクターはそのままだ。違うのは物語世界の大きさである。
彼の雰囲気に合わせるように、いくら題材を(前回までのように)テロ組織のマネーロンダリングとか、南米の石油利権をめぐる陰謀とかいうハードなものに振ってみても、逆にリアリティが無くなるばかりだった。考えてみれば当たり前で、国際的な巨悪に個人が真っ向勝負出来るわけもなく、設定に現実味を出せば出すほど、荒唐無稽なスパイ映画という基調と乖離するばかり。ならば思い切って話をミニマムにしてみたのが本作だ。そしてそれは成功している。
ジェームズ・ボンドはトルコにおいて、悪者に奪われた世界中の諜報部員のリストを取り返すべく、派手な立ち回りを演じる。ところが、上司Mの強行命令による味方からの銃撃によって川へ転落。MI6は彼が死んだと思ったがボンドはしぶとく生き延びる。そんな中、MI6本部にテロが仕掛けられMが窮地に立たされたことを知ったボンドは復帰を決意。犯人である元エージェントのシルヴァと対決する。
ロケ地こそワールドワイドだが、ストーリーはMとボンド、そしてかつてMの部下だったシルヴァとの確執という、極めて狭い範囲で展開する。Mが冷徹な判断を下したために危うく死にそうになり、しかしそれでも国家への忠誠を忘れないボンドと、本来最もMと近い関係にありながら“目的のためならば手段を選ばない”という彼女の姿勢に反発して敵に回ったシルヴァ。まるで三角関係のヴァリエーションのような構図は、今までこのシリーズが取り上げてきた大風呂敷を広げたような設定とは一線を画すものだ。しかもそれが(前任者達が演じたボンドのような)浮き世離れした役に向いていないクレイグのキャラクターに、実に良くフィットしている。
そして、そんな等身大のボンドを強調するように、今回初めて彼の“生家”が紹介される。イアン・フレミングの原作によればボンドの父親はスコットランド人ということになっているが、それを裏付けるように、敵役との決着を付ける場所はスコットランドの寒村にある彼の“実家”だ。
冒頭の列車の上でのチェイス・シーンやロンドンの地下鉄での追っかけ、クライマックスの大銃撃戦など活劇場面は盛り上がるが、それ以上に監督サム・メンデスは登場人物の内面に気を遣っており、映画に奥行きを与えている。そして本作はロジャー・ディーキンスという一流のカメラマンを起用しているためか、映像が清涼で美しい。たぶんヴィジュアル面ではシリーズ随一だろう。
Mに扮するジュディ・デンチは、実質的には主人公とも言える役柄を得て、その実力を発揮している。悪役のハビエル・バルデム、MI6を統括する政治家を演じるレイフ・ファインズと、脇の面子も重量級だ。今回は物語の都合上ボンド・ガールが活躍する場は少ないが、それでもボンドの同僚を演ずるナオミ・ハリスは魅力的である。
本作によりこのシリーズとして新しい地平に踏み出したとも言えるが、これからどうなっていくのか興味は尽きない。クレイグ主演でもっと物語世界が削ぎ落とされ、ストイックになるのか。あるいは主役が交代して再び荒唐無稽路線に転じるのか。やはり次回作も観ることになるだろう。