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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「箱男」

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 安部公房による原作は読んでいないが、安部の他の著作は何冊か目を通したことがあり、その晦渋な作風は強く印象付けられた。たぶん「箱男」も、観念的・幻惑的な内容で映像化は困難な素材なのだろう。このネタに挑戦したのが“アクション派”の石井岳龍監督だというのは興味を惹かれた。果たしてどう料理してくれるのかと、少なからぬ期待を持ってスクリーンに向き合ったのだが、結果は空振りだ。別のアプローチを採用した方が良かったのではないだろうか。

 主人公の“わたし”は、段ボール箱を頭から被った姿で町をさまよう「箱男」である。彼は箱にあけられた小さな穴から世の中を見渡し、その想いをノートに記述していく。「箱男」は世の中の雑事から解き放たれ、究極の自由を手に入れたかに見えた。しかし、そんな彼を勝手に模倣しようとする輩などが現われ、「箱男」の身辺には剣呑な空気が充満してくる。



 まず、原作は1973年に書かれており、実際映画も冒頭に当時の世相に言及しているのだが、本編の大半はその前提を完全無視していることは、明らかに失当だ。さらに、序盤に主人公を狙う正体不明の人物たちが現われるのだが、これ以降は見当たらなくなる。何のために採用したモチーフなのかさっぱり分からない。

 “わたし”に纏わり付いて「箱男」の存在を乗っ取ろうとするニセ医者が出てきたり、“軍医”と呼ばれるラスボスめいた初老の男が勿体ぶって登場したりと、物語は多様性を示しているようで筋の通った展開には行き着かない。主人公が書き綴っているノートが何らかのメタファーなのかと思われるが、真相は不明。

 石井の演出は段ボール男同士の格闘場面などに持ち味の片鱗は窺えるが、それ以外は要領を得ない。この際だから開き直って、「箱男」たちが体術を駆使して暴れ回るバイオレンス巨編として換骨奪胎してしまった方が良かったのかも(笑)。主演の永瀬正敏をはじめ、浅野忠信に佐藤浩市、渋川清彦、中村優子、川瀬陽太と濃い面子を集めてはいるが大して機能しているようには思えない。

 唯一強烈な印象を受けたのが、ニセ医者の助手を演じた白本彩奈だ。まだまだ演技は硬いが、極上のルックスと醸し出されるエロティシズムで観る者の目を奪う。これからも映画に出てくれるかどうかは不明だが、作品を追いたくなるような素材ではある。

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