原題は“WITHOUT SANCTION”。本国アメリカでの出版は2020年で、日本翻訳版が刊行されたのが2021年だ。題名通り舞台はシリアで、元米陸軍レンジャー部隊の主人公の活躍を追うスパイ・アクションである。文庫本版で約560ページもある長尺ながらスラスラと読めたが、中身はやや大味。とはいえ著者にとってはこれがデビュー作であり、何より現時点でまた緊張の度を増してきた中東情勢をネタにした小説なので、読んで損はしないと思う。
内戦下のシリアで極秘任務に当たっていたCIAのチームがテロリストの新型化学兵器の攻撃に遭い、多大な被害を受ける。そしてあろうことか、その兵器を開発した科学者が米国に接触してきた。何でも、アメリカ側のエージェントが現地に捕らわれているらしい。事態の収拾のため国防情報局のマット・ドレイクは、シリアに潜入して武装勢力とのバトルを繰り広げる。一方、ホワイトハウスでは大統領選を間近に控え、首席補佐官とCIA長官との鍔迫り合いが展開されていた。
死と隣り合わせのミッションに過去何度も挑み、そのため心身共に満身創痍になった主人公が、それでも国と名誉のために戦いに挑むという設定は、常道ながら納得出来るものだ。また、マットの妻や親友との関係性もよく練られている。敵は一枚岩ではなく、ISはもちろんロシア軍も主人公たちの前に立ちはだかる。さらに正体不明の“死の商人”みたいなのも登場し、ストーリーは賑々しく進んでゆく。
また、首都ワシントンでの勢力争いを平行して描いているのも面白く、いかに国際情勢が自由や平和などの御題目ではなく、欲得ずくの思惑で進んでいくのかをあからさまに見せる。何より現職大統領がラテン系だというのが興味深く、この点は現実をリードしていると言って良いだろう。
だが、マットの任務後の様相こそ具体的に描写はされているが、その他のキャラクターの去就はハッキリしない。おかげで大雑把な印象を受けてしまったが、本書はシリーズ第一作であり、それらは次作以降に語られていくのだろう。
作者のベントレーは陸軍のヘリコプターのパイロットとして約10年の経験を積み、アフガニスタンにも派遣されて手柄を立てている。退役後はFBI特別捜査官として対外情報収集と防諜に従事し、SWATチームにも加わったことがあるという、かなりの経歴の持ち主だ。こういう人材が小説を書いているのだから、読み応えがあるのは当然か。機会があれば別の作品も目を通してみたい。