2020年作品。設定はとても面白い。ただし、映画としてはあまり面白くない。いくらでも観客を引きずり回すようなハナシに持って行けるはずなのに、平板な展開に終始。どうも作者が撮りたいものが、一般娯楽映画としてのルーティンと懸け離れているようだ。もちろん、卓越した作家性が横溢していれば求心力は高まるのだが、そのあたりが覚束ないのが辛いところである。
主人公の青年は、幼い頃の交通事故によって曜日ごとに性格も個性も異なる7つの人格が入れ替わるという特異体質になってしまう。一応主人公は7人の中で一番地味な“火曜日”だが、ある朝彼が目を覚ますと水曜日になっていた。水曜日の人格がいつの間にか消えたようだ。今まで週に1日しか生きられなかった“火曜日”は、時間を倍に使えることで大喜びし、それまで出来なかったことを水曜日に実行する。しかし、やがて彼は突然意識を失うなど体調に異変を覚えるようになり、不安を募らせる。
曜日ごとの多重人格者という、実に美味しそうなシチュエーションからは様々な筋書きが考えられる。パッと思い付くのは、7つの人格の中に1つ(あるいは2つ)邪悪な輩が混じっていて、それが重大な事件を引き起こすサイコ・サスペンスとか、または事情を知らない交際相手が振り回されるラブコメあたりか。どう考えてもハズレの無い設定なのだが、どういうわけか映画は盛り上がらない方向に進んでいく。
そもそも、映画では“火曜日”以外には少しヤンチャな“月曜日”ぐらいしか出てこず、あとはどういう性格なのか判然としない。これでは7つもキャラクターを用意する必要は無かったのではないか。登場人物は主人公の他には医療陣および幼なじみの女友達の一ノ瀬、そして“火曜日”が思いを寄せる図書館司書の瑞野ぐらいしかいない。さらに舞台は主人公の住処とその周辺のみ。だからといって狭い世界に特化したニューロティックな仕掛けも見当たらない。
脚本も担当した監督の吉野耕平は元々ミュージックビデオやCMのディレクターであり、映像は清涼で小綺麗だが長編映画を支えるだけの深みは無い。同じ場面の繰り返しも目立ち、途中で飽きる。ドラマはそのまま目立った工夫も無くエンドマークを迎えるだけだ。
しかしながら、主演の中村倫也は好演。彼のファンならば満足出来るだろう。一ノ瀬に扮する石橋菜津美もイイ味を出している。ただし、中島歩に深川麻衣、きたろうといった他の面子は印象が薄い。出てくる人物が少ないのならば、もっと濃いキャラを並べた方が良かった。なお、沖村志宏のカメラによる寒色系の画面造型は申し分ない。