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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「聖地には蜘蛛が巣を張る」

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 (原題:HOLY SPIDER )胸くそ悪い映画である。断っておくが、決してこれはケナしているわけではない。昨今は“胸糞”というフレーズをホメ言葉として扱うケースが珍しくないらしいが(苦笑)、本作はまさにそれだ。もちろん一般的な良い映画という意味ではなく、マイナス方向のインパクトが強く忘れがたい印象を残すシャシンとして評価出来る。

 イランの聖地マシュハドで2000年代初めに連続殺人事件が発生。犠牲者はすべて娼婦で、“スパイダー・キラー”と名乗る犯人は“街を浄化するため汚れた女たちを始末しているのだ”と嘯く。女性ジャーナリストのラヒミは真相を探るべくマシュハドに乗り込むが、犯人を英雄視する市民が少なくないことを知り愕然とする。しかも事件を握り潰そうとする勢力も存在し、警察当局も例外ではない。意を決したラヒミは、自身が囮になって犯人をおびき寄せるという、危険な賭に出る。実際に起こった事件を元にしたクライムサスペンスだ。



 映画は早々に犯人の氏素性を明らかにするが、それが作劇上の欠点にはなっていない。この犯人像こそが映画の最大のポイントだ。容疑者サイードは妻子のいる一見普通の家庭人だが、かつてイラン・イラク戦争に従軍し、多くの戦友の死に直面してきた。そのため“自分だけが生き残ってしまった”という負い目から逃れられない。このコンプレックスを克服する手段が“聖地である街の浄化”を名目にした凶行だったのだ。さらにサイードがやらかしたことを知った妻も、夫を批判するどころか正当な行為だったと強弁する始末。

 アリ・アッバシの演出は粘り着くようなタッチで事件の顛末を追う。正直言ってサスペンスの練り上げ方はそれほど巧みではない。しかし、犯行場面の描写はかなり生々しく、観る側の内面をざわつかせるには十分だ。そして、災難に遭う娼婦たちの生活感も掬い上げられている。極めつけはラストの処理で、(良い意味での)後味の悪さは格別だ。

 主役のザーラ・アミール・エブラヒミは大熱演で、世の中の無知と偏見に果敢に立ち向かうマスコミ人をリアルに表現。本作で第75回カンヌ国際映画祭で女優賞を獲得している。サイードに扮するメフディ・バジェスタニも見事なサイコパス演技だ。なお、当然のことながらこの内容ではイランでは撮影・製作不可である。本作はデンマークとドイツ、スウェーデン、フランスの合作。ロケ地はヨルダンである。

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