(原題:MOTHERING SUNDAY)鑑賞後の充実感は大きい。イギリス映画らしい(?)品の良さと節度、そして外連味のない抑制の効いた展開と各キャストの健闘。さらには確かな時代考証に裏打ちされた上質の美術や衣装デザインなど、80年代後半から90年代前半に撮られたジェイムズ・アイヴォリィ監督の秀作群を想起させる格調の高さだ。
1924年3月、英国の上流階級の屋敷に仕える使用人たちが一斉に里帰りを許される“母の日”の日曜日がやってきた。だが、ロンドン郊外のニヴン家に住み込みで働く若いメイドのジェーンは孤児院育ちだったため、帰る家はない。そんな彼女に、近くのシェリンガム家の息子ポールから、両家の昼食会の前に密かに会おうという誘いが入る。
ポールは幼なじみのエマとの結婚が決まっていたが、ジェーンとも懇ろな仲であった。シェリンガムの邸宅で2人きりの時間を過ごした後、昼食会に出かけたポールを見送ってニヴン家に戻ったジェーンを待っていたものは、思いがけない知らせだった。ブッカー賞作家グレアム・スウィフトの小説「マザリング・サンデー」の映画化だ。
映画は作家として名を成した老境のジェーンが、過去を回想するという形式で進む。彼女は一人で暮らしており、今でも孤独のように見える。しかし、ジェーンの胸中にいつもあるのは、あの劇的な日曜日の出来事だ。彼女の時間は、あの日で止まっている。しかし、決して彼女は不幸ではないのだ。たった一つでも忘れられない思い出があれば、人はそれを糧にして生きていける。そんな人生の機微を掬い上げた作者の着眼点と力量には、感服するしかない。
ニヴン家には息子がいたが、第一次大戦に従軍した際に戦死している。シェリンガム家も、ポール以外の息子たちは戦地から帰ってこなかった。裕福だが、彼らの生活には確実に陰りが忍び寄り、いずれは時代の流れと共に消え去る運命だ。戦争の悲惨さと並行して、没落してゆく者たちへ挽歌を送るという、この仕掛けも上手い。エヴァ・ユッソンの演出はまさに泰然自若といった感じで、早くも巨匠の佇まいすら感じてしまう。ジェイミー・D・ラムジーのカメラによる英国の田舎の風景は痺れるほど美しく、モーガン・キビーによる音楽も的確だ。
主役のオデッサ・ヤングは初めて見る女優だが、演技度胸の良さと複数の年代を演じ分ける実力には舌を巻いた。注目すべきオーストラリア出身の新鋭だ。ジョシュ・オコナーにオリヴィア・コールマン、コリン・ファース、そして老年に達した主人公に扮するグレンダ・ジャクソンなど、キャストは充実している。また、サンディ・パウエルによる衣装デザインには、いつもながら見入ってしまう。