(原題:FLEE)当初、限りなくドキュメンタリーに近い実録ドラマをアニメーションに仕立てる意味があるのかと思ったのだが、実際観てみるとかなり効果的であることに驚かされた。もしも俳優を起用しての実写版で製作されたならば、確かに見た目のリアリティは増すが、結局はそのヴィジュアルの世界観を超えることは難しい。アニメーションによる素材の抽象化が、ここでは大きくモノを言っている。
アフガニスタンのカブールでそれなりに幸せな少年時代を送っていたアミンは、政情不安により父が当局に連行されてから、家族ともども逆境に追いやられる。一家は国外脱出を図るが、最初のチャレンジは失敗に終わる。万難を排しての二回目は何とか成功し、モスクワにたどり着く。しかしそこは異邦人は偏見と差別にさらされ、彼らにとって定住すべき土地ではなかった。アミンたちはさらなる亡命を求めて、危険なミッションに臨む。
映画は一人でデンマークまで逃げ延びたアミンが、30歳代半ばになり安定した生活を手に入れた後、同性の恋人に辛い過去を告白するという形式で進む。彼の半生は筆舌に尽くしがたいほどハードなものだ。今まで生き延びられたのは、まさに奇跡である。家族とは離ればなれになってしまったが、とりあえずは皆無事だ。
これを波瀾万丈の大河ドラマ仕立てにすることは、予算があれば可能だったろう。しかし、本作のようなアニメーション、しかも作画は単純化され動きも決して滑らかではない映像で表現されると、観る者の想像力によっていくらでも物語の奥行きは大きくなる。もちろん、それには作者の力量が伴うことが不可欠だが、監督のヨナス・ポヘール・ラスムセンはストーリーのエッセンスを抽出して、それ以外のモチーフを削ぎ落とすことによって求心力を高めることに腐心している。
また、アミンとその家族の旅は悲惨ではあるが、エンタテインメント性は決して低くはない。辛酸を嘗めたロシアでの境遇から、いかにして脱出するか。先の読めない展開はスリリングで目を離せない。さらに、アミンの同性愛者としての悩みと将来に対する不安も、十分にすくい上げられている。尺は89分と短いが、充実感は大きい。
第94回米アカデミー賞において、国際長編映画賞と長編ドキュメンタリー映画賞、そして長編アニメーション映画賞の3部門の候補になった。他にもアヌシー国際アニメーション映画祭における大賞獲得など各種アワードに輝いているが、それも頷けるほどの出来映えである。
アフガニスタンのカブールでそれなりに幸せな少年時代を送っていたアミンは、政情不安により父が当局に連行されてから、家族ともども逆境に追いやられる。一家は国外脱出を図るが、最初のチャレンジは失敗に終わる。万難を排しての二回目は何とか成功し、モスクワにたどり着く。しかしそこは異邦人は偏見と差別にさらされ、彼らにとって定住すべき土地ではなかった。アミンたちはさらなる亡命を求めて、危険なミッションに臨む。
映画は一人でデンマークまで逃げ延びたアミンが、30歳代半ばになり安定した生活を手に入れた後、同性の恋人に辛い過去を告白するという形式で進む。彼の半生は筆舌に尽くしがたいほどハードなものだ。今まで生き延びられたのは、まさに奇跡である。家族とは離ればなれになってしまったが、とりあえずは皆無事だ。
これを波瀾万丈の大河ドラマ仕立てにすることは、予算があれば可能だったろう。しかし、本作のようなアニメーション、しかも作画は単純化され動きも決して滑らかではない映像で表現されると、観る者の想像力によっていくらでも物語の奥行きは大きくなる。もちろん、それには作者の力量が伴うことが不可欠だが、監督のヨナス・ポヘール・ラスムセンはストーリーのエッセンスを抽出して、それ以外のモチーフを削ぎ落とすことによって求心力を高めることに腐心している。
また、アミンとその家族の旅は悲惨ではあるが、エンタテインメント性は決して低くはない。辛酸を嘗めたロシアでの境遇から、いかにして脱出するか。先の読めない展開はスリリングで目を離せない。さらに、アミンの同性愛者としての悩みと将来に対する不安も、十分にすくい上げられている。尺は89分と短いが、充実感は大きい。
第94回米アカデミー賞において、国際長編映画賞と長編ドキュメンタリー映画賞、そして長編アニメーション映画賞の3部門の候補になった。他にもアヌシー国際アニメーション映画祭における大賞獲得など各種アワードに輝いているが、それも頷けるほどの出来映えである。