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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「GAGARINE ガガーリン」

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 (原題:GAGARINE)面白く観た。とはいえ、誰もが楽しめる映画ではない。若い頃に団地に住んでいた者ならば、この作品の世界観は納得できるだろう。対して、団地住まいに縁の無い者は、単なる珍妙なシャシンとしか思わないかもしれない。ちなみに私は、子供の頃から十代半ばまで団地住まいだったし、社会人になってからも何年か住んだことがある。だから本作の雰囲気は、強く印象に残るのだ。

 パリ近郊にある大規模公営住宅“ガガーリン”は、ソ連の宇宙飛行士にちなんで名付けられた。竣工時はガガーリン自身も訪れたほどだが、老朽化と2024年のパリ五輪のため、解体が決まる。この団地で育った16歳のユーリは、ガガーリンと同じ名前を持つこともあり、宇宙飛行士を夢見ていた。



 しかしすでにユーリの父親はおらず、自分を置いていった母は帰ってくる気配は無い。住人たちの退去が進む中、彼は思い出がたくさん詰まったこの団地に最後まで居座ることを決める。そして親友のフサームやガールフレンドのディアナと共に、取り壊しに抵抗するのだった。2019年まで実在した共同住宅を題材にした一作である。

 団地は、いわゆるマンションとは違う。各世帯を隔てる(心理的な)塀が、かなり低い。入居者同士はたいてい知り合いで、広い中庭は絶好の社交場になる。ユーリは母親と同じように、団地の住民たちにも育てられてきたのだ。ただし、言い換えれば彼にとって団地こそが世界のすべてであり、それが無くなることはアイデンティティーの喪失に繋がる。だからこそ必死の行動に打って出るのだ。

 ユーリは団地の内部を宇宙船のように改造し、植物を育てながら籠城するのだが、それ自体は愚かな行為のように見えて、実は捨て身の自己表現である点が切ない。また、フサームやディアナとの触れ合いは、甘酸っぱい青春映画の輝きを見せて心地良い。そしてクライマックスは、いきなり「2001年宇宙の旅」モード(?)に突入する終盤だ。映像の喚起力と、主人公の尽きせぬ想いとが交錯する傑出したシークエンスである。

 監督のファニー・リアタールとジェレミー・トルイユはこれがデビュー作ということだが、ドラマの根幹を押さえた上でのファンタジーの展開に卓越した手腕を感じさせる。主演のアルセニ・バティリはナイーヴな好演。ディアナに扮したリナ・クードリは「パピチャ 未来へのランウェイ」(2019年)に続いて今回も魅力を振りまいている。ヴィクトル・セガンによる撮影も万全。そしてユーリと行動を共にする野良犬が“ライカ”と呼ばれるのには泣けてくる。言うまでもなく、宇宙船スプートニク2号に乗せられた犬の名前だ。

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