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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「すばらしき世界」

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 ある一点を除けば、とても良く出来た映画だ。題材自体はタイムリーかつ重大で、筋書きはもとより、演技、演出と、各要素で高得点を叩き出している。間違いなく本年度の日本映画の収穫であり、ベストテン入りはほぼ間違いない。本作のようなレベルに達している日本映画を、コンスタントに公開して欲しいものだ。

 北海道の刑務所に収監されていた三上正夫が、刑期を終えて出所した。彼はかつて暴力団の構成員で、殺人罪などで人生の半分以上を塀の中で過ごしていた。上京し、身元引受人である庄司弁護士らの助けを借りながら自立を目指すが、様変わりした世間とはなかなか折り合えない。ある日、若手テレビディレクターの津乃田とプロデューサーの吉澤が三上に接触する。彼らは、苦労しながら生き別れた母親を捜す三上の姿をドキュメンタリー番組に仕立て、高視聴率を狙っていた。佐木隆三が90年に実話を基にして執筆した小説「身分帳」を、舞台に現代に置き換えて映画化したものだ。



 三上のキャラクター設定が絶妙だ。アウトローでありながら、正義感はとてつもなく強い。筋の通らないことに遭遇すると我が身を省みず暴れ回り、そのためにしょっちゅう警察のお世話になる。明らかに昔の任侠映画の主人公たちに通じるアウトサイダーだが、その当事者が様式美に貫かれたフィクションであった往年のヤクザ映画の世界とは異なる、現実社会に現れたらどうなるかという筋書きは出色だ。

 三上は天涯孤独のようでいて、実は別れた妻がいる。そして弁護士夫妻をはじめ、ひょんなことで知り合ったスーパーの店長や、何かと気に掛けてくれる役所のケースワーカーなど、仲間がいる。彼の一本気で得がたい人間性が、人を惹き付けるのだ。もちろん、前科者がすべて三上のような好漢であるわけはない。ただ、根っからの悪人ではない者が、脛に傷があるというだけで阻害される構造は、明らかにおかしい。

 映画は三上と世間との関わり合いを、さまざまなエピソードで複数のフェーズで捉えるが、その内容と配置はよく計算されている。また、三上がさまざまな出会いによって変わっていく過程を、無理なく描く。西川美和監督としては初めての“原作もの”であるが、素材の中から自身の描きたいものを抽出して再構成させるという手腕はさすがだ。演出リズムも申し分ない。

 主演の役所広司にとっては代表作の一つになると思われる名演だ。善悪を併せ持った複雑なキャラクターを、見事に表現している。仲野太賀に六角精児、北村有起哉、キムラ緑子、梶芽衣子、橋爪功、桜木梨奈など、脇の面子も素晴らしい。しかし、冒頭に書いた“ある一点の瑕疵”はそのキャスティングにある。吉澤に扮する長澤まさみは、どうしようもなく演技が下手だ。この女優はいつになったら成長するのだろうか。まあ、出番が少ないのが救いではある(苦笑)。

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