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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「ハヌッセン」

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 (原題:Hanussen)88年西ドイツ=ハンガリー合作。ハンガリーの巨匠イシュトヴァーン・サボー監督の代表作で、骨太なテーマの捉え方や力強い演出、キャストの演技の素晴らしさで、実に見応えのある映画に仕上がっている。第一次大戦後からファシズムの台頭までのヨーロッパの歴史に関心がある観客にとっては、必見の作品と言って良い。

 第一次大戦での頭部の負傷により、偶然にも霊感を得ることになったオーストリア軍曹クラウス・シュナイダーは、戦後はエリック・ヤン・ハヌッセンと名乗り、超能力者としてステージに立つことになった。特にその予知能力は評判を呼ぶが、一時は詐欺罪で逮捕されてしまう。しかし裁判で自らの能力を証明し無罪を勝ち取ったハヌッセンは、ますます有名になりベルリンの社交界の仲間入りを果たす。敵対する警察当局のスタッフをやり込めるなど、彼の活躍は世間を賑わせるが、やがてナチスから危険人物として見られることになる。

 戦争後のドイツの混乱の中からファシズムがのし上がっていくプロセスを、ハヌッセンというトリックスターを擁して描くという、その構図が巧妙だ。当時のドイツはハイパーインフレに見舞われ、モラルは完全に失墜していた。本作では地に落ちた市井の雰囲気を、主人公がよく行くキャバレー等の光景として扱っているに過ぎないが、その頃の様子は非常に良く表現されている。

 不安に駆られた国民は、いわば一発逆転的な浮き世離れしたテーゼを唱えるカリスマを求める。その一人がハヌッセンであり、もう一人が彼と同じオーストリア出身で、誕生日まで同じだったヒトラーである。ひとつの時代にカリスマは二人も要らないのだ。そのうち一人は消え去る運命にある。そして、荒唐無稽な主張で民衆を扇動したもう一人のカリスマも、時代が移れば潰されていくしかない。終盤にハヌッセンがナチスの兵隊に向かって“おまえたちは滅びる”と言い放つが、それが歴史の真実だろう。

 主演のクラウス・マリア・ブランダウアーは名演で、国家権力に踏みつぶされてゆく個人の悲哀を切迫感のあるパフォーマンスで表現していて圧巻だ。エルランド・ヨセフソンやイイディコ・バンサジ、ワルター・シュミディンガーといった他のキャストも申し分ない。正確な歴史考証と、ラホス・コルタイのカメラによる美しい映像が印象的。この頃のサボー監督の作品は「連隊長レドル」(85年)だけが日本未公開だが、是非とも観てみたいものである。

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