いかにも文部科学省選定作品らしい平易で端正な出来で、映画的興趣を呼び込むセンセーショナルなモチーフや観る者の予想を裏切るような思い切った展開は無い。しかし、それが大きな欠点にはなっておらず、随所に共感出来るポイントが存在することや、キャストの頑張り等によって鑑賞後の満足度は決して低くない。
東京に住む高校生の彩花は心に不安を抱え、半年間も不登校のままだ。心配する母親は、父親の反対を押し切って彩花を富山県の田園地帯にある特別施設“もみの家”に預ける。そこは社会からドロップアウトした若者を受け容れ、復帰を後押しすることを目的に設立され、支配人の佐藤夫婦が何かと入居者をフォローしてくれる。当初はまったく周囲と打ち解けられない彩花だったが、この施設を見守る地域の人々とも知り合うことにより、徐々に“もみの家”の生活にも慣れてくる。そんな中、彼女は地元の祭に踊り手として参加しないかという依頼を受ける。
ドラマティックな出来事は起こらない。そもそも、彩花が“もみの家”に馴染んでいくプロセスも詳述されていない。それでも、いくつかのエピソードには胸を打たれるものがある。ひとつは“もみの家”のメンバーが総出で行う農作業を指導している淳平の存在だ。
淳平は彩花に自らの境遇を語る。彼は実は“もみの家”の卒業生でもあり、学生時代に手酷いイジメに遭い、この施設に“避難”したのだ。教師であった彼の父は淳平に“イジメなんか、逃げるが勝ちだ”と言ってのけたという。これは実に的確な指導で、そんな親の理解があったから今の彼があるのだろう。
そして、何かと“もみの家”の面倒を見てくれるハナエと彩花との関係も印象的。ハナエは独り暮らしの老女で、息子は遠方に住んでいるが、ハナエは迷惑をかけたくないため地元を離れない。彩花は彼女と息子との間柄を快く思わないが、その裏には当人たちしか分からない事情があることを後で知ることになる。人間関係の奥深さを理解することにより、主人公が成長していく様子が上手く表現されている。
坂本欣弘の演出はケレンを廃した正攻法のもので、希望を持たせるラストまで弛緩せずにドラマを引っ張っている。彩花に扮する南沙良は「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」(2018年)に続く好演。表情の豊かさやしなやかな身のこなしなど、この世代を代表する俳優であることを再認識した。緒形直人に田中美里、渡辺真起子、中田青渚、中村蒼といった共演陣も好調。ハナエを演じた佐々木すみ江はこれが遺作になった。山田笑子と加藤育のカメラによる富山の田園風景は美しい。