86年作品。篠田正浩監督のこの頃の代表作である。原作は近松門左衛門の世話浄瑠璃「鑓の権三重帷子」だが、単なる古典の映画化ではなく、見事に現代にも通じるテイストを獲得している。キャストの仕事ぶりや映像も申し分ない。その年のキネマ旬報ベスト・テンでは、6位にランクインしている。
江戸時代中期、出雲・松江藩士である笹野権三は槍の使い手で美男、城下町で歌にまで持て囃されるほどの人気者だった。江戸詰の夫の留守宅を守っている妻おさゐは、権三を娘の婿にと望んでいるが、心のどこかで“私だって、一緒になりたいくらいだ”と思っていた。権三は茶の湯で立身出世を狙っており、茶道の師匠でもあるおさゐの夫から秘伝書を見せてもらう交換条件に、娘との結婚を承諾する。
Image may be NSFW.
Clik here to view.
ところが、権三には別に付き合っていた女がおり、それを聞いて怒ったおさゐは深夜、権三を問い詰める。そのことを偶然知った権三の同僚の伴之丞は、てっきり2人が不倫していると思い込み、街中にそのことを触れ回るのだった。窮地に立たされた権三とおさゐはやむなく逐電するが、おさゐの夫市之進がその後を追う。
確たる証拠も無いのに、一部のアジテーターの物言いだけでデマが広がり、当事者たちが辛酸を嘗めるという図式は、まるで今の管理社会と同じだ。そんな無責任な言説が一人歩きしてゆく様子は、本作が撮られた80年代よりもSNSが普及した現在の方が最終的なダメージは大きくなる。そういう事例が多発している昨今だ。
本来、恋愛関係には無かった2人であったが、破滅への道行きの間に思わず心を通わせる。建前だけの生活を送ってきた権三とおさゐは、初めて人間らしい生き方を模索するのだ。残念ながらこのあたりはもっとパッションを盛り上げて欲しいと思うが、クールな持ち味の篠田監督はそこまで踏み切れなかったのかもしれない。
権三を演じているのは郷ひろみで、当時は意欲的に映画に出ていた。本作では演技が少し硬いところがあるが、主人公の造型としては万全だろう。おさゐに扮する岩下志麻はまさに“横綱相撲”で、安心してスクリーンに対峙出来る。火野正平に田中美佐子、加藤治子、大滝秀治、竹中直人、浜村純など、脇の面子はかなり豪華。武満徹の音楽、そして当時は朝日賞を受賞したばかりの宮川一夫の、深みのあるカメラワークは素晴らしい。
江戸時代中期、出雲・松江藩士である笹野権三は槍の使い手で美男、城下町で歌にまで持て囃されるほどの人気者だった。江戸詰の夫の留守宅を守っている妻おさゐは、権三を娘の婿にと望んでいるが、心のどこかで“私だって、一緒になりたいくらいだ”と思っていた。権三は茶の湯で立身出世を狙っており、茶道の師匠でもあるおさゐの夫から秘伝書を見せてもらう交換条件に、娘との結婚を承諾する。
Image may be NSFW.
Clik here to view.

ところが、権三には別に付き合っていた女がおり、それを聞いて怒ったおさゐは深夜、権三を問い詰める。そのことを偶然知った権三の同僚の伴之丞は、てっきり2人が不倫していると思い込み、街中にそのことを触れ回るのだった。窮地に立たされた権三とおさゐはやむなく逐電するが、おさゐの夫市之進がその後を追う。
確たる証拠も無いのに、一部のアジテーターの物言いだけでデマが広がり、当事者たちが辛酸を嘗めるという図式は、まるで今の管理社会と同じだ。そんな無責任な言説が一人歩きしてゆく様子は、本作が撮られた80年代よりもSNSが普及した現在の方が最終的なダメージは大きくなる。そういう事例が多発している昨今だ。
本来、恋愛関係には無かった2人であったが、破滅への道行きの間に思わず心を通わせる。建前だけの生活を送ってきた権三とおさゐは、初めて人間らしい生き方を模索するのだ。残念ながらこのあたりはもっとパッションを盛り上げて欲しいと思うが、クールな持ち味の篠田監督はそこまで踏み切れなかったのかもしれない。
権三を演じているのは郷ひろみで、当時は意欲的に映画に出ていた。本作では演技が少し硬いところがあるが、主人公の造型としては万全だろう。おさゐに扮する岩下志麻はまさに“横綱相撲”で、安心してスクリーンに対峙出来る。火野正平に田中美佐子、加藤治子、大滝秀治、竹中直人、浜村純など、脇の面子はかなり豪華。武満徹の音楽、そして当時は朝日賞を受賞したばかりの宮川一夫の、深みのあるカメラワークは素晴らしい。