Quantcast
Channel: 元・副会長のCinema Days
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2434

「プリズン・サークル」

$
0
0
 観る者の内面を確実に揺さぶっていく、優れたドキュメンタリー映画だ。舞台になっているのは、島根県浜田市にある島根あさひ社会復帰促進センター。ここは受刑者同士の徹底した対話により犯罪の原因を探り更生を促すという、TC(回復共同体)と呼ばれるプログラムを導入している日本で唯一の刑務所である。取材許可に6年をかけ、2年間にわたって刑務所の中での撮影を敢行した野心作だ。

 劇中でクローズアップされるのは4人の若い受刑者である。それぞれに詐欺に窃盗、傷害致死といった罪状だが、真の意味での凶悪犯は収容されていない。たとえばサイコパスのシリアルキラーなんてのは別の施設での“処置”が必要で、ここではいわば“更正出来る可能性のある者”が入れられている。



 このTCは米国発祥ということだが、押しつけがましさが無いところを見ると、おそらくは日本仕様にリファインされている思われる。まず驚かされるのはTCサークルのメンバーたちのリラックスした雰囲気だ。囚人らしいギスギスした様子は、少なくとも“受講”の時間だけは全く見当たらない。実はこれもTCの手法の一つで、まずは内面的な壁を取り払おうという算段だ。

 各メンバーによる犯罪に対する個人的な研究リポートの発表や、犯行を再現したロールプレイングなど、システマティックなプロセスを経て、それぞれの犯罪の背景になるものが浮かび上がってゆく。予想はしていたが、やはり各メンバーの犯行の動機には子供の頃からの辛い体験が大きなウェイトを占めていた。彼らの生い立ちは、観ているこちらの胸が締め付けられるほど悲惨なものだ。深刻な虐待の連鎖により、次々と不幸なアクシデントが発生してゆく。その事実には慄然とするしかない。

 面白いのは、メンバーの発表中に当人に的確なアドバイスをする受講生が少なくないことだ。アドバイスしている本人だって受刑者には違いない。しかし、TCによって憑き物が落ちたように自らと他人を冷静に見据えることが出来るのだ。さらには、TCの“出身者”で今はシャバに出ている者達の現況も描かれる。彼らは定期的に教官たちと“同窓会”をするのだという。そして、心が折れそうになっている元メンバーに対しては、皆で励ましたりする。

 犯罪に手を染めた者に対して“社会や他人のせいにするな。本人が悪いのだ”と言い放つのは容易いし、それも事実の一側面であることは間違いない。しかし、すべて当人の責任にしてしまえるほど、事は単純ではないのだ。普通の人間を犯罪者にしてしまう要素が、この世の中には数多く転がっている。それを見据えない限り、犯罪は減らないのだということを本作は強く訴えている。そのスタンスには賛意を示したい。

 坂上香の演出は自然体で、ヘンなハッタリや教条主義的な取っつきにくさとは無縁だ。そして時折挿入される若見ありさによる“砂のアニメーション”が大きな効果を上げている。とにかく、幅広い層に観てもらいたい良作だ。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 2434

Trending Articles