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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「コン・ティキ」

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 (原題:Kon-Tiki)同じ海洋漂流もの(?)でも、以前観た「ライフ・オブ・パイ」みたいな腑抜けた映画とは違い、見応えがある。実録映画ということもあるが、何より作者のスタンスが“冷静”であるところが大きいと思う。いたずらにヒロイズムを持ち上げたり、主人公の業績に対して手放しの賞賛を示したりはしない。

 ノルウェーの人類学者トール・ヘイエルダールは、ポリネシア人の祖先がアジアから島伝いにやって来たのではなく、南米から海を渡ってやってきたのだと考えた。それを証明するため、古代の南米大陸で手に入る材料だけで大型の筏“コン・ティキ号”を建造し、1947年にペルーの港から5人のスタッフと共に出帆する。それは8,000キロにも及ぶ大冒険の始まりであった。

 子供の頃、確か学研の雑誌「○年の科学」に、この「コン・チキ号漂流記」の抜粋が載っていたことを思い出す。それは単なるアドベンチャーものとしての紹介ではなく、仮説→実験という科学的アプローチを学習するためのネタであった。この映画もそれを踏襲するかのごとく、航海中の展開はヘイエルダールの科学者としての立ち位置および“これは冒険ではなく、学術的な実証なのだ”というコンセプトから外れることはない。各乗組員のプロフィールに必要以上に立ち入ることも無く、淡々と事実だけを追っているように見える。

 ならば面白くないのかというと、そうではない。大海に浮かんだ“密室”の定点観測という意味で、リアルな興趣を醸し出しているのだ。またそれにより、人間と大自然との埋めることの出来ない距離感が浮き彫りにされてくる。

 そして本作の最大の手柄は、ヘイエルダールと彼との妻との関係性を隠し味のごとく挿入している点である。越えられない壁は人間と自然の間だけではなく、苦楽を共にしてきたはずの身近な者との間にも存在していたのだ。航海が終わってこの夫婦がどうなったのかは事実を参照してもらうとして、やはり(一般ピープルが思いも付かないような)何か大きな事をやろうとすると、私生活においては苦渋の選択を迫られるものなのだろう。

 監督のヨアヒム・ローニング&エスペン・サンドベリをはじめ、ヘイエルダール役のポール・スベーレ・バルハイム・ハーゲン、盟友ヘルマンに扮したアンダース・バースモー・クリスチャンセン、そしてヘイエルダールの妻に扮したアグネス・キッテルセンなど、馴染みの無いスタッフ・キャストばかりだが、皆良い仕事をしている。

 残念ながらポリネシア人の南米起源説はDNA鑑定などで否定されてしまったらしいが、大胆な仮説を“実現可能”というレベルにまで押し上げたヘイエルダールの偉業は、現在でも色褪せることはない。

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