(原題:EARTHQUAKE BIRD )2019年11月よりNetflixにて配信。食い足りない箇所もけっこうあるのだが、蠱惑的な吸引力のあるサスペンス編で、鑑賞後の印象は悪くない。特にラストの処理は秀逸で、この一点だけでも十分に存在価値のあるシャシンである。
1989年の東京。日本での生活が長いイギリス人女性ルーシーは、ある日突然警察から参考人としての取り調べを受ける。東京湾で見つかった女性死体が、彼女の友人で行方不明になっていたリリーではないかという疑惑が持ち上がったのだ。刑事からの質問を受ける間、彼女はリリーと知り合った頃を思い出す。
ルーシーはミステリアスな雰囲気を放つカメラマンの禎司と出会い、惹かれるものを感じていたが、リリーもどうやら禎司が好きらしく、いわば三角関係が出来上がっていた。彼らは一緒に佐渡に旅行に出掛けるが、現地でのちょっとしたアクシデントにより、ルーシーの内面の屈託は一層大きくなる。日本在住経験のある作家スザンナ・ジョーンズによる同名小説の映画化だ。
ルーシーがどうして禎司を好きになったのか、その過程にあまり説得力がない。禎司はカメラの腕は相当なものだが、プロになる気は無く、普段はそば屋で働いている。過去の女性関係も何やら怪しい。このような素性の分からない男に、なぜ主人公(およびリリー)が本気で惚れたのか不明だ。事件そのものの全貌も、一向にハッキリしないまま映画は進む。ルーシーは過去のトラウマを抱えているが、いくらそれが終盤の伏線になるとはいっても、取って付けた感は否めない。
しかし、この映画には独特の魅力がある。それは“異界”としての日本の描写だ。製作総指揮をリドリー・スコットが務めているが、彼が89年に手掛けた「ブラック・レイン」では大阪の街が未来都市のように扱われていた。だが、本作ではハリウッド名物“えせ日本”が「ブラック・レイン」よりもさらに抑えられているにも関わらず、作品空間のエキゾティックな捉え方は昂進している。
何より、チョン・ジョンフンのカメラによる映像の喚起力が大きい。かなり陰影の強い絵作りで、色彩も濃厚。特に闇の描写は印象的であり、その暗い深淵の中では何が起こっているか分からない不安感を観る者に与える。バブル期の東京の風俗表現も上手いし、佐渡の神秘的な風景も捨てがたい。
またアッティカス・ロスにクローディア・サーン、レオポルド・ロスによる音楽が効果的で、ニューロティックな雰囲気を盛り立てている。そして、冒頭に述べたラストの扱いは、劇中でヒロインの眼前で起きる“事故”についての“結論”を示唆することにより、人生の出来事の多様性を導き出すモチーフになっており、これは相当巧みな処置と言って良い。
主演のアリシア・ヴィキャンデルは相当に役を作り込んでおり、驚くほど流暢な日本語を話し、着物姿もよく似合う。リリー役のライリー・キーオの主人公とは対照的なキャラクターも面白い。祐真キキに岩瀬晶子、佐久間良子といった日本人俳優も頑張っているが、禎司に扮する小林直己は演技が硬い。EXILE一派からの起用は考え直した方が良いのではないだろうか。ウォッシュ・ウェストモアランドの演出はもう少しテンポの良さを求めたいが、「アリスのままで」(2014年)の頃よりは随分と達者になっている。