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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「風の電話」

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 作劇上の欠点がかなり目立つ。その意味では、諏訪敦彦監督が前に“日本で”撮った傑作「M/OTHER」(99年)と比べれば質的に少し落ちる。何しろタイトルにある“風の電話”そのものが、終盤に取って付けたように出てくるだけなのだ。しかしながら、少なくない瑕疵を余裕でカバー出来るほどの切迫したテーマの設定と大きな求心力により、見応えのある映画に仕上がっている。キャストの力演も見逃せない。

 17歳の女子高生ハルは、幼い頃に東日本大震災で家族を亡くし、今では故郷の岩手県大槌町を離れて広島県呉市に住む叔母の広子のもとに身を寄せている。ある日、ハルが帰宅すると台所で広子が倒れていた。病院に運ばれたが、意識が戻らない。突然一人ぼっちになってしまったハルは自暴自棄になるが、通り掛かった軽トラックを運転する公平に助けられる。



 公平と別れた後、彼女は意を決して大槌町に戻ることにする。ヒッチハイクで道程を進めるハルはさまざまな人々と関わり合うが、やがて彼女は大槌町浪板海岸にあるという、死んだ者たちに想いを届ける電話ボックス“風の電話”の存在を知る。

 入院中の叔母を放ったまま長い旅に出ようとするハルの行動は無理があるし、制服姿のままヒッチハイクするのは危うい。道中で出会う者たちは(彼女にちょっかいを出す不良どもを除けば)なぜか皆善良だし、そもそも広島からの長い行程が具体的に表現されているとは言い難い。それでも、この映画には瞠目すべき吸引力がある。

 西日本豪雨の被害者やかつての原爆禍の体験者、あえて困難な道を歩もうとする姉弟や帰る祖国も喪失したクルド人難民、そしてハルと同じく家族を震災で失った福島第一原発の元従業員。彼らの立場はバラバラのようでいて、社会から阻害されているという点では一緒である。何の落ち度も無いのに、理不尽な状況によって虐げられている。一見、復興が進んだように見える東北の住民にしても、心の中には重い澱が溜まっている。



 ハルの旅は、こうした恵まれない人々の実相を浮かび上がらせると共に、我が国が陥っている暗鬱な構図を浮き彫りにする。そして、そんな境遇にあっても何とか前を向こうとする彼らの姿を目撃することによって、ハルもまた明日を生きる決心をするのだ。

 諏訪の演出は綿密な脚本を用意せずセリフの多くをアドリブで処理するという独特のものだが、それが上手くいっていない箇所はあるものの、インパクトの強いシークエンスをいくつか創造することに成功している。特にラストのハルの独白には、観ているこちらの心が揺すぶられた。また、道中知り合った元原発従業員の自宅でハルが自分の家族の幻を見る場面や、幼い頃の友人の母親とハルが出会うシーンは、映像の喚起力もあって感動を呼ぶ。

 ハルに扮するモトーラ世理奈は初めて見る女優だが、独特の風貌と静謐なオーラをまとった逸材で、今後を大いに期待させるものがある。本年度の新人賞の有力候補だ。西島秀俊に三浦友和、渡辺真起子、山本未來、占部房子など他のキャストも好演。そして西田敏行はこれまでお目にかかったことがない“素”の演技に専念し、見事に“福島のオッサン”になりきっていて驚いた。世武裕子の音楽も良い。第70回ベルリン国際映画祭“ジェネレーション部門”出品作品。2020年の劈頭を飾る力作である。

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