(原題:PLEASE STAND BY )味わいのある佳編で、鑑賞後の印象も悪くない。特に「スター・トレック」シリーズに思い入れのある者なら、堪えられない魅力を感じるだろう。また、主演女優の奮闘も目覚ましい。
サンフランシスコのグループホームで暮らす21歳のウェンディは、自閉症のため上手く社会に溶け込めない。だが、彼女は「スター・トレック」に関しては驚くほど深遠な知識を持ち、毎日TVシリーズを隈無くチェックしていた。ある日、「スター・トレック」の脚本コンテストが開催されることを知った彼女は、渾身の大作を書き上げる。ところが、根を詰めすぎて完成したときには締切は目前だった。郵送では間に合わないと思った彼女は、唯一の肉親である姉やホームのスタッフには内緒で、愛犬ピートと一緒にハリウッドを目指して数百キロの旅に出る。
ヒロインの境遇を、「スター・トレック」の登場人物であるミスター・スポックに投影しているあたりは上手い。スポックはヴァルカン人と地球人とのハーフで、当初は自らのアイデンティティを確立できずにいたが、カーク船長やドクター・マッコイらとの交流を経て、人間的に成長してゆく。
同様にウェンディも、さまざまな外部の者と接触することによって人生に一歩踏み出すことになる。そのプロセスをロード・ムービーの形式で綴っていくのだから、まさに設定としては万全だ。自閉症に関する扱いもかなり入念に仕込まれているようで、この分野に詳しくない多くの観客(私も含む)も納得させるだけのディテールの積み上げには感心する。
筋書きは山あり谷ありで、果たして主人公は締切前に目的地に到達できるのかどうか、そして終盤にはこの脚本を書き上げた“本当の理由”が明かされるなど、最後まで飽きさせない。そして、ウェンディと「スター・トレック」マニアの警官との掛け合いには大いに笑わせてもらった。
監督のベン・リューインは自身も幼少期にポリオを患い、ハンデを負ったまま生きてきたという。それだけに主人公に対する思い入れは大きいのだろう。その丁寧な仕事ぶりには好感が持てる。主演のダコタ・ファニングは好演で、もはや“元有名子役”という肩書は不要なほど繊細で達者なパフォーマンスを見せる。トニ・コレットやアリス・イヴといった脇の面子も良い。そして何といってもウェンディと行動を共にするチワワ犬のピートが儲け役だ。犬好きにはたまらないだろう。