(原題:THE TRAGEDY OF OTHELLO:THE MOOR OF VENICE )1952年モロッコ作品。お馴染みのシェイクスピア作品の映画化だが、上映時間が1時間34分という短尺である点は驚かされる。通常、舞台で上演するときは3時間以上。映画でもローレンス・オリヴィエ版(64年)やケネス・ブラナー版(95年)は2時間を超えている。だが、本作はそれでも原作戯曲のストーリーはもちろんのこと、キャラクターの造型まで、ほとんどのポイントを押さえているのだ。さすがオーソン・ウェルズ、まさに横綱相撲である。
もちろん、短い時間で元ネタのエッセンスを抽出するというのは、説明的なセリフを排して映像に訴えるという手段を取ったに他ならない。開巻からすでに死んだオセロの顔のアップで映し、続くデステモーナの葬式の列はロング・ショットで捉えている。こごだけで作品の持つ悲劇性と無常観が横溢している。
またオセロがデステモーナとキャシオの仲を疑う砦の中の場面は、三者の位置関係とやや傾いたカメラが、不穏な空気を上手く演出している。イタリアとモロッコにおけるロケが効果的で、映し出される遺跡およびそれを形成する石のザラザラとした質感に、登場人物達の頑なな心情を投影している。
アンキーゼ・ブリッツィにG・R・アルド、ジョージ・ファントのカメラによるモノクロ画面が美しさの限りだ。たぶん、映画業界を目指す者にとって教科書となり得るようなポジションの作品であろう。オセロに扮しているのはウェルズ自身で、人間的な脆さを抱えた主人公像を絶妙に演じている。イアーゴ役のマイケル・マクラマーやデステモーナを演じるシュザンヌ・クルーティエなど、キャストは実力派揃いだ。
なお、この映画は1953年にカンヌ国際映画祭でグランプリを取ったあと、フィルムが行方不明になっていた。随分後になってフォックスの倉庫に眠っていたことが分かり、90年代になって復元され公開にこぎつけたものだ。一時はウェルズがどこかに置き忘れたのだろうという憶測が流れていたらしいが、いずれにしろ貴重な映画が日の目を見たのは喜ばしいことだ。