(原題:Hollow Man)2000年作品。ポール・ヴァーホーヴェン監督がハリウッドで最後に撮った映画で、当時彼が“まるでスタジオの奴隷になったようだ”とコメントしたように、あまり気勢の上がらないシャシンではある。ただ、クライマックスではこの作家らしい勢いは感じられ、その意味では存在価値はあるだろう。
極秘の国家プロジェクトに取り組んでいる天才科学セバスチャン・ケインとそのスタッフは、人間を透明にする方法を追求していた。すでに動物実験では成功しており、あとは人体で試すだけだ。しかし、当然ながらそこには技術的・倫理的ハードルが存在する。躊躇する皆の反対を押し切り、セバスチャンは自ら実験台になって見事に透明人間に変身する。ところが元の姿に戻れなくなってしまう。
当初は落ち着いていたが、次第に常軌を逸した行動を取るようになった彼は、勝手に外出して狼藉の限りを尽くすようになる。やがてセバスチャンは自らを全能の神だと思い込み、同僚の研究メンバーを次々と殺していく。生き残った研究員のリンダとマットは、必死の抵抗を試みる。
要するに、人間にとって“姿が見える”ということも重要なアイデンティティのひとつであることを描きたかったのだと思うが、そこまでは深く突っ込まないままサスペンスフルな活劇路線に移行してしまうのは不満だ。監督の内面描写力が足りないこともあるが、やはりヴァーホーヴェンがボヤいていたようにプロデューサーの意向でそうなったのだと思う。
それでも、透明であることで意外に不便な点(たとえば、目を閉じても眩しさを感じること)が示されるのはちょっと面白い。終盤の活劇場面は、さすが凡百の演出家とは一線を画す粘りと迫力を見せる。
主役のケヴィン・ベーコンはさすがの怪演。若い頃の青春スターの面影は、すでに無い。エリザベス・シューやジョシュ・ブローリンといった脇の面子も悪くない。音楽はジェリー・ゴールドスミスが担当しており、重厚なスコアを提供している。ヴァーホーヴェン監督は本作を撮った後にオランダに帰還。「ブラックブック」(2006年)のような快作を手掛けている。やはりハリウッドのシステムは、時として強い個性を持つ作家には相容れないことがあるようだ。