(原題:En man som heter Ove)話はやや出来すぎの感があるが、丁寧に作られたスウェーデン映画の佳編だと思う。各エピソードは良く練られており、訴求力は高い。とにかく“偏屈な老人が他者と触れ合うことによって心を開く”というありがちの話を、ここまで幅広い共感を獲得するように仕上げた作者の頑張りは評価したい。
郊外の新興住宅地に住む老人オーヴェは、妻に先立たれて一人暮らし。長年勤めていた鉄道会社の仕事だけを生き甲斐にしていたが、ある日リストラされてしまい、いよいよ生きる希望をなくして自ら命を絶とうとする。ところが、隣に越してきた一家(夫人はイラン人)が何かとちょっかいを出してきて、いつも自殺は未遂に終わる。それどころか免許を持たない夫人に車の運転を教えるハメになったり、娘たちの子守を依頼されたりと、何かと問題が持ち込まれて自殺するヒマもない。最初はウンザリしていたオーヴェだったが、人懐こい彼らと交流するうちに打ち解けてきて、やがて亡き妻との思い出を語りはじめる。
主人公と隣人達とのやりとりは面白い。カルチャー・ギャップが笑いを呼ぶ。そして近所に住むオーヴェの(かつての)親友との関係性も興味深い。人付き合いの良くない主人公が唯一友人と認めた相手は、実はボルボの信奉者だった。対してオーヴェは“サーブ以外は車ではない”というポリシーの持ち主。男の意地をかけた愛車自慢対決の様子は本当に面白い。さらにこの話には絶妙のオチもあり、存分に楽しませてくれる。
冒頭に“老人が心を開く”と書いたが、ここで大事なのは“開くべき心”を持っているかどうかだ。徹頭徹尾狭量な人間には“開くべき心”も無い。その点、オーヴェには派手ではないが、豊かな人生があった。敬愛する父親との関係性と別れ。愛する妻との素晴らしい出会い。そして2人で歩んだ、かけがえのない日々。老年になっても他者と交流するだけの素地は出来上がっている。
つまりは彼は心変わりしたわけでは無く、彼自身であり続けていたのだ。言い換えれば、不遇な老後を送るか、あるいは(たとえ家族がいなくなっても)充実した人生を全うすることが出来るのかは、それまでの人生の積み重ねに掛かっているということだ。当たり前の話なのだが、そんな真理が無理なく提示されている本作のアピール度は大したものである。
ハンネス・ホルムの演出はソツが無く着実にドラマを積み上げてゆく。主演のロルフ・ラスゴードをはじめイーダ・エングボル、バハー・パールといった顔ぶれは馴染みが無いが、皆良い仕事をしている。そしてラストの扱いの見事なこと。忘れられない余韻を残す。