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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「葛城事件」

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 時によって家族というのは“死に至る病”になり得ることを鮮明に描き出し、観る者を慄然とさせる問題作である。もちろんここで言う“死に至る病”とは絶望のことだ。家族の構成員がそれぞれ絶望を抱えたままである限り、いくら肩寄せ合って生きようとも、それが軽減されることはない。それどころか絶望は増幅され、取り返しのつかない事態に陥ってしまうのだ。

 親が始めた金物屋を受け継いだ葛城清は、妻の伸子との間に2人の息子をもうけ、念願のマイホームも建てて理想の家庭を築き上げたはずだった。しかし小心者であるにも関わらず強権的な清の態度は妻子を次第に抑圧し、時を経るごとに家族の軋みは大きくなる。長男の保は従順だが対人関係に悩み、リストラされたことを妻に言い出せない。

 ドロップアウトしたことを清に責められ、鬱屈した気持ちを溜め込んでいた次男の稔は、ある日突然8人を殺傷する無差別殺人事件を起こす。伸子はこの現実を目の当たりにして精神のバランスを崩し、廃人同様になってしまう。死刑判決を受けた稔は、死刑制度反対を訴える若い女・順子と獄中結婚する。

 清は“外面”こそ良いが、心の奥底では自分は親の財産を相続しただけで、今まで何の努力もしていないという負い目をずっと抱えている。そのコンプレックスを家族に対して過度に虚勢を張ることで、何とか封じ込めていたつもりであった。しかしながら、その傲慢な振る舞いは家族を追い詰めるばかりである。順子にしても家族から捨てられて、その空虚さを死刑反対のイデオロギーで埋め合わせようとしているだけだ。

 斯様に、この映画には共感できるようなキャラクターが一人として登場しない。そのマイナスオーラ漂う設定を観る者に力業で納得させてしまうのは、演出と演技のレベルの高さ故である。赤堀雅秋の監督作を観るのは初めてだが、仕事ぶりが実に力強く堅牢で乱れがない。そして、キャストのパフォーマンスには目を見張った。

 清に扮する三浦友和はまさに怪演だ。特に家族と保の妻の両親と一緒に外食した際、味付けが気に入らないからと店のスタッフを延々と怒鳴りつけるシーンは圧巻。本人は客としての権利を行使したと思い込んでいるが、周囲はいい迷惑だ。この嫌らしい人物像をこれでもかというほど実体化させる三浦の実力には舌を巻いた。

 母・伸子役の南果歩、兄・保役の新井浩文、稔に扮する大衆演劇出身の新鋭・若葉竜也、いずれもレベルの高い仕事をこなしている。順子を演じる田中麗奈は一見ミスキャストのように思えるが、ドラマの進行に応じて徐々にこの役柄の狂気を露わにしていくあたりは感心した。

 清はラストで思わぬ行動に出るが、それが問題を解決することにはならない。自身の失敗した人生を再確認するだけだ。この容赦の無さも、映画的興趣として結実させているような作品の力には感服するしかない。

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