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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「愛、アムール」

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 (原題:Amour )ミヒャエル・ハネケ監督の今までの作品群に比べればとても平易なテーマを扱っており、ストーリーも比較的分かりやすい。だから“破壊力”という点では控えめかもしれないが、それでも並の映画と比べれば相当にキツくてハードな手触りを持つ。この監督の作風に対して免疫の無い、いわゆる“一見さん”の観客は容易くはじき飛ばされてしまうだろう。

 長らく音楽家として実績を上げてきたジョルジュとアンヌの老夫婦は、今ではパリの高級マンションで悠々自適の生活を送っている。ところがある日アンヌが脳に障害を負い、医者のすすめで手術を受けるが失敗。半身不随になってしまう。何とかリハビリを続けて小康状態を維持するも、やがて二度目の発作がアンヌを襲い、認知症を併発したまま寝たきりの生活に。それでも懸命に介護を続けるジョルジュだが、日々悪化する妻の容体に、彼自身も限界に達してしまう。

 冒頭、この筋書きの“結末”が示されているので、それから時制を遡って描かれるストーリーには“意外性”はなく、それどころか単純と言っても良い。しかし、語り口のエキセントリックさは、さすがハネケ監督。まさに常軌を逸している(注:これはホメているのだ ^^;)。

 アンヌの手術とその周辺のやりとりはカットされている。またアンヌが床に臥せるようになったプロセスもまるごと省かれている。これは別に“辛いシーンなので、あえて取り上げなかった”ということでは断じてない。事前と事後の場面を提示することにより、その間のくだりがどんなに酷くて悲惨なものだったかを、観客に無理矢理想像させるという、作者の凶悪な意図が内包されている。

 そして冒頭のコンサートの場面を除けば、カメラはこのアパートから一歩も外に出ることは無い。これも別に舞台劇的な効果のみを狙っているわけではなく、ジョルジュが家の外で医者などと折衝しているであろうシチュエーションをあえて除外させることにより、結局はこの重く沈んだ部屋に戻ってくるしか無いという、主人公の“出口なし”の状況を過度に強調しようという、底意地の悪いスタンスを示している。

 さらに、二人は公的介護サービスさえ受けようとしないのだ。観客が“そんなことは有り得ない”と思うのは勝手だが、よく考えるとそういう福祉などのモチーフを挿入してしまうと、視点がブレてしまう。いくら福祉が充実していようとも、結局は介護は当事者の問題に収斂されてしまうのだ。

 言うまでもなく、ジョルジュとアンヌはハネケ監督の「ピアニスト」の主人公に通じている。芸術に生き、御為ごかし的な他者の助けを拒絶する。そんなエゴイスティックな二人の姿に、至純の愛とも言えるような輝きが感じられてしまうのも、また事実なのだ。特に終盤の展開は、俗人には及びも付かぬ“彼岸”の世界まで垣間見せてくれて圧巻である。

 ジャン=ルイ・トランティニャンとエマニュエル・リヴの演技は完璧に近いが、娘役のイザベル・ユペールも存在感では負けていない。ダリウス・コンジのカメラによる清涼な映像も素晴らしく、今年度のヨーロッパ映画の収穫と言えるだろう。

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