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「四万十川」

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 91年作品。笹山久三原作の自伝的小説「四万十川」の映画化である。監督は久しぶりの恩地日出夫で、時は高度成長を目前にした昭和30年代前半、四国・四万十川のほとりに住む主人公の篤義少年を中心に、家族の絆、愛する人たちとの別れを綴っている。

 舞台設定がたいへん丁寧に作られている映画だとは思う。たとえば“日本最後の清流”と呼ばれる四万十川も最近水位が下がって河原がほとんど痩せてしまったらしいが、映画では昔のままのような風景を見せる。これは、主人公の家を原作より田舎に持って行き、舗装道路に土をかぶせ、ガードレールをはずしたりしたらしい。それから映画に登場する小道具のひとつひとつが綿密な時代考証に則って描かれている。



 圧巻は、伊勢湾台風のシーンで“本物の”台風襲来の現場でロケしている点で、住民が避難した後もロケ隊だけ残って撮影したらしく、結果として、ヘタなSFXなど及びもつかない迫力ある映像に仕上がっている。加えて、樋口可南子や小林薫らをはじめとする出演者たちが自然な演技をしていることも特筆できる。日本映画にしては珍しく子役もいい。

 しかし、どうにも観た後の印象が薄いのだ。観て2,3日もたつとストーリーさえ思い出せない。映画よりも、公開当時のキネマ旬報誌に載った原作者と監督の対談の方が面白い。

 対談では、この映画にまつわる裏話、および現在の四万十川をとりまく環境などがくわしく語られており、早急な自然保護の必要性を説いていて、読んでいてなるほどと思う部分がたくさんある。ところが映画自体は作者のノスタルジアばかりが前面に出て、現在とつながる部分を見つけることが難しい。

 つまり、ウェルメイドなドラマではあるが、いま一つ突き抜けたものがないので、たとえば神山征二郎監督の「ふるさと」(83年)のように、過去を描きながら強烈に現代を意識したような今日性に欠け、そのため感動も薄いのである。もっと話を広げて、ラスト近くに舞台を現代に持って行くとか、最終稿にあったという魔物と時代劇の侍をSFX仕立てで登場させるとか、芸を見せてほしかった。これではすぐに忘れられてしまう。

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