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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「完全なるチェックメイト」

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 (原題:Pawn Sacrifice)愛嬌のない映画だ。突出した才能を持った主人公が奇行に走る様子を、何の工夫もなく漫然と追っただけ。しかも、題材がチェスという日本人にはあまり馴染みのないものであり、その点でも採点を割り引かざるを得ない。

 72年。わずか15歳でチェスのグランドマスターになった経歴を持つシカゴ出身のボビー・フィッシャーは、アイスランドで開催される世界チャンピオン決定戦に出場することになる。相手はチェス最強国のソ連が誇る王者ボリス・スパスキー。まるで米ソの代理戦争みたいな雰囲気で世界中が注目した勝負だったが、フィッシャーは一局目で完敗してしまう。ショックで二局目をキャンセルした彼は崖っぷちに追い込まれるが、そこから必死の巻き返しをはかる。

 まず、この主人公に感情移入出来ないことが大きな欠点として挙げられる。演じるトビー・マグワイアは熱演だが、表情も言動も“凡人が考えた天才像”の範囲から一歩も抜け出せない。適当にエキセントリックで、適当にワガママで、適当に自暴自棄に陥る。そこには何の驚きも無い。もっと天才らしいギラリと輝く異能ぶりを見せつけて然るべきだが、最後までそれは表現されない。やはり、天才を描くには、作り手も天才あるいはそれに近い位置にいる者でないとサマにならないことを実感する。

 スパスキーとの対局はチェス史上に残る名勝負らしいが、しかるべき描写は一切出てこない。スパスキーの拍手で全てを代行させようという魂胆らしいが、その程度で納得出来るはずもないのだ。

 フィッシャーはこの大会以降すべてを放り出して隠遁生活に入るが、新興宗教にかぶれたり、日本人と結婚していたこともあったらしく、そっちの方が映画の題材としては扱いやすかったのではないだろうか。92年にはスパスキーとの再戦もあり、こちらを映画の真ん中に持ってきても良かった。

 エドワード・ズウィックの演出は可もなく不可もなし。ピーター・サースガードやリーブ・シュレイバーら脇の面子も印象が薄い。ジェームズ・ニュートン・ハワードの音楽とブラッドフォード・ヤングのカメラによる寒色系の映像は万全だが、それだけで映画自体を評価するわけにはいかない。

 ただ、本作で唯一興味深かったのは、冷戦時代の“空気”の醸成である。米ソ対立はなるほど深刻な事態ではあったが、世の中全体は実に分かりやすかった。物事を単純に右と左に分類し、二項対立の構図で考えていれば良かったのだ。別にあの時代に対してノスタルジーを感じているわけではないが、現在の“全体像を掴みにくい世界情勢”を前にすると、何やら複雑な気分になる。

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