(原題:Terminator Genisys)話が滅茶苦茶だ。よくもまあ、こんな救いようもない欠陥品のシナリオを採用したものである。プロデューサーのオツムの程度が限りなく低かったのか、あるいは“裏の事情(?)”によりショボい脚本を使わざるを得なかったのかは知らないが、いずれにしろ観客をバカにした所業であることは間違いない。
2029年、30年以上に渡る人類とスカイネットが作り上げたロボット軍団との戦いは、ジョン・コナー率いる人類側の勝利に終わろうとしていた。スカイネットの“本陣”が陥落する直前、敵はジョンの母親サラ・コナーを殺害することで彼の存在自体を消そうと、タイムマシンでターミネーターT-800を1984年に送り込む。人類側の志願兵であるカイル・リースはそれを追って過去に飛ぶが、転移の直前に彼はジョンが何者かに背後から襲われるのを目撃する。
転送先の1984ではなぜか先に転移したT-800が“オジサン型”の同機種によって倒されており、液体金属ターミネーターT-1000まで現れてカイルを襲う。彼らは次にスカイネットが起動する1997年に飛ぼうとするが、意味もなく“審判の日は2017年”という啓示めいたものがカイルの脳裏に去来し、勝手に行先を変更。そこで出会ったのは、未来で戦っていたはずのジョン・コナーであった。
そもそも、土壇場の一発逆転でスカイネットがジョン・コナーを倒せたのならば、最初からT-800を過去に送り込む必要はなく、映画自体の存在理由も雲散霧消するではないか(爆)。サラが子供だった頃からボディガードを務めていたという“オジサン型”ターミネーターは、いったいどこから来たのか。またT-1000はどういう理由でいつから1984年に潜伏していたのか。
他にも“青年型”のT-800のチップを装着しただけで簡単に動いてしまうタイムマシンとか、スピーカーのボイスコイルを接触させたら途端に戦力がダウンしてしまう敵の首魁とか、カイル達が2017年に再度やって来ることを主張していたベテラン警官を違和感なく受け入れていた周囲の皆さんとかいった、ポンコツなモチーフが山のように出てくる。これでは、作り手はマジメにストーリーを語ることを放棄していると思われても仕方がない。
売り物であるはずのアクション場面も大したことはない。T-1000の造形なんて全然進歩していないし、活劇の段取りや見せ方も既視感を覚えるばかり。ハデな立ち回りが続くにも関わらず、眠気さえ催してしまった。アラン・テイラーの演出は凡庸で、展開にメリハリを付けることも出来ないようだ。
久々シリーズに復帰したアーノルド・シュワルツェネッガーのはしゃぎぶりは笑って許せるかもしれないが、カイル役のジェイ・コートニーは大根だし、イ・ビョンホンはイロモノ扱いだし、J・K・シモンズは大して見せ場は無いといった具合に、キャストの動かし方にも難がある。救いはサラ役のエミリア・クラークが可愛くて巨乳なことぐらいだ(大笑)。
製作陣は今後もこの調子でシリーズを重ねるつもりなのだろうか。恥の上塗りになるだけだから、止めておいた方が良いと思う映画ファンも少なくないはず。今から思えば、このシリーズの一作目と二作目は何と面白かったのだろうか。ああ、あの頃は良かったなあ(苦笑)。
2029年、30年以上に渡る人類とスカイネットが作り上げたロボット軍団との戦いは、ジョン・コナー率いる人類側の勝利に終わろうとしていた。スカイネットの“本陣”が陥落する直前、敵はジョンの母親サラ・コナーを殺害することで彼の存在自体を消そうと、タイムマシンでターミネーターT-800を1984年に送り込む。人類側の志願兵であるカイル・リースはそれを追って過去に飛ぶが、転移の直前に彼はジョンが何者かに背後から襲われるのを目撃する。
転送先の1984ではなぜか先に転移したT-800が“オジサン型”の同機種によって倒されており、液体金属ターミネーターT-1000まで現れてカイルを襲う。彼らは次にスカイネットが起動する1997年に飛ぼうとするが、意味もなく“審判の日は2017年”という啓示めいたものがカイルの脳裏に去来し、勝手に行先を変更。そこで出会ったのは、未来で戦っていたはずのジョン・コナーであった。
そもそも、土壇場の一発逆転でスカイネットがジョン・コナーを倒せたのならば、最初からT-800を過去に送り込む必要はなく、映画自体の存在理由も雲散霧消するではないか(爆)。サラが子供だった頃からボディガードを務めていたという“オジサン型”ターミネーターは、いったいどこから来たのか。またT-1000はどういう理由でいつから1984年に潜伏していたのか。
他にも“青年型”のT-800のチップを装着しただけで簡単に動いてしまうタイムマシンとか、スピーカーのボイスコイルを接触させたら途端に戦力がダウンしてしまう敵の首魁とか、カイル達が2017年に再度やって来ることを主張していたベテラン警官を違和感なく受け入れていた周囲の皆さんとかいった、ポンコツなモチーフが山のように出てくる。これでは、作り手はマジメにストーリーを語ることを放棄していると思われても仕方がない。
売り物であるはずのアクション場面も大したことはない。T-1000の造形なんて全然進歩していないし、活劇の段取りや見せ方も既視感を覚えるばかり。ハデな立ち回りが続くにも関わらず、眠気さえ催してしまった。アラン・テイラーの演出は凡庸で、展開にメリハリを付けることも出来ないようだ。
久々シリーズに復帰したアーノルド・シュワルツェネッガーのはしゃぎぶりは笑って許せるかもしれないが、カイル役のジェイ・コートニーは大根だし、イ・ビョンホンはイロモノ扱いだし、J・K・シモンズは大して見せ場は無いといった具合に、キャストの動かし方にも難がある。救いはサラ役のエミリア・クラークが可愛くて巨乳なことぐらいだ(大笑)。
製作陣は今後もこの調子でシリーズを重ねるつもりなのだろうか。恥の上塗りになるだけだから、止めておいた方が良いと思う映画ファンも少なくないはず。今から思えば、このシリーズの一作目と二作目は何と面白かったのだろうか。ああ、あの頃は良かったなあ(苦笑)。