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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「きみはいい子」

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 とても良い映画だ。観る者によっては“話の中身が甘い”と感じるのかもしれないが、これは決して事態を悲観していない作者のポジティヴなスタンスが現れていると見るべきだろう。第37回モスクワ国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞したが、もっと格上の映画祭にも堂々と出品出来るだけのクォリティを保持していると思う。

 中脇初枝の同名短編小説集の映画化だ。新任教師の岡野は真面目に職務をこなそうとするが、元々強い志望動機があって教職員になったわけでもないせいか、職場での優柔不断ぶりが目立つ。そのため児童や保護者から“軽く”見られ、学級崩壊寸前になることもしばしばだ。小学校近くの大規模マンションに住む雅美は、幼い娘とふたり暮らし。夫は東南アジアに単身赴任している。近所のママ友たちとはそつなく交際しているつもりだが、家ではイライラして娘に対して暴力を振るう。同じマンションに住むママ友の一人である陽子は、そんな彼女の境遇をうすうす察しているようだ。

 小学校の通学路に面した一軒家でひとり暮らす老女あきこは、最近認知症の症状を見せるようになり、知らないうちにスーパーで商品を持ち帰ろうとして女店員に注意されたりもする。彼女の唯一の楽しみは学校の行き帰りの子供達を見ることだが、その中で自閉症の男の子はあきこに“こんにちは、さようなら”といつも挨拶をしてくれる。

 以上3つのエピソードが並行して描かれるが、ロバート・アルトマン監督作みたいに最後にひとつになって全体像を形成させるような手法は採用していない。ただ、あまり交わることはなく個々に完結しているように見えても作品の一体感が全く崩れないのは、確固としたテーマが一貫しているからだ。それはつまり“他人に優しく接すれば、それが自分にも返ってくる(その逆も真なり)”ということである。

 陳腐な御題目のように聞こえるが、ほんのちょっとの優しさや思いやりを誰かに与えることのハードルの高さ、そしてそれを成し得た後の充足感を正攻法にきめ細かに説いていく作劇は、実に説得力がある。呉美保の演出は堅牢かつしなやかで、ワザとらしさを感じさせるスキを作らないだけではなく、力任せに主題のゴリ押しもしていない。

 3つの挿話の中で一番感銘を受けるのが雅美と陽子のエピソードだ。演じる尾野真千子と池脇千鶴の演技力の高さも相まって、ドラマティックな展開で見せる。岡野に扮する高良健吾とあきこを演じる喜多道枝、女店員役の富田靖子のパフォーマンスも自然体で素晴らしい。田中拓人の音楽、ロケ地になった小樽の街を清涼なタッチでとらえた月永雄太のカメラによる映像も要チェックである。

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