(原題:ALBERT NOBBS)キャストの頑張りを除けば、さほど存在価値のある映画とは思えない。ドラマの焦点が定まっていないし、それ以前に設定に対する言及がお粗末に過ぎる。御膳立てだけは面白そうだが、もうちょっと話を練り上げてもらわないと困るのだ。
19世紀のダブリン。ホテルでウエイターとして長年働いている初老の男性アルバートは、実は女性であった。そのことを隠して目立たぬように暮らしており、ロクに外出もせず、オフタイムは貯め込んだ金の勘定で過ぎていく。ある日、大柄な左官屋のヒューバートがアルバートの部屋に泊ることになり、ひょんなことから“秘密”がバレてしまう。だが、ヒューバートも本当は女性あることを明かす。“妻”と同居までしているヒューバートの生き方に触発されたアルバートは、今までの後ろ向きの生活を改め、積極的に生きようと模索し始める。
まず、主人公がどうして男性として生きなければならなかったのか、そのあたりの説明が不十分。単に“当時のアイルランドには女性が一人で生きていく術が無かった”と言われても、それがどうして男装なのか、なぜにホテルマンなのか、納得出来る描写は見当たらない。回想シーンなどを挿入して平易なドラマツルギーに仕立て上げてほしかった。
さらに、百歩譲って“男装は生活のためのやむを得ない手段だった”ということにしても、中盤以降には主人公が同性愛的嗜好を見せるようになるのは明らかにおかしい。こうなると、男装は“その趣味”の表現手段の一つに過ぎなかったということになり、それまでの屈託は一体何だったのかと言いたくなる。かと思えば、ヒューバートの家にある女物の服を着て年甲斐も無くはしゃぐシーンもあったりして、キャラクターにまるで一貫性が無い。
ロクでもない男の子供を身籠もった同僚のメイドの話や、チフスが大流行してホテルが閉鎖寸前まで追い込まれるエピソードなども、取って付けたようにしか思えない。さらにラストの処理に至っては、一見“解決”しているようで、まるで結末の体を成していない有様だ。ロドリゴ・ガルシアの演出も平板でメリハリが無い。
主演のグレン・クローズの健闘は評価できる。ウエイター姿もビシッと決まり、実直な“男性”を見事に表現していた。熱演を見せるメイド役のミア・ワシコウスカや、人間としての器が大きいヒューバートに扮したジャネット・マクティアのパフォーマンスも特筆ものだ。しかし、映画自体の出来がこの程度では、いずれも空回りしている印象しか受けない。なお、当時の風俗を再現したセットおよびシネイド・オコナーによるエンディング・テーマは良かった。