奇しくも先日観た「さよなら歌舞伎町」と同じ舞台(新宿)、そして同じグランドホテル形式、さらに似た場面もあるという映画なのだが、出来の方は本作が上だ。同様のネタを扱っても、送り手のレベルによって大きく違う結果が出てくるのだから、作品のコンセプトと作劇を煮詰めるプロデューサーの責任は重大である。
新宿の裏通りに、深夜0時になると開く食堂がある。メニューは豚汁定食とビール、酒、焼酎しかないが、客からのリクエストがあればマスターは出来るだけ対応する。この食堂には、毎晩料理の味と居心地の良さを求めて人が集まる。ある夜、店に何と骨壷が置き忘れられていた。常連達は戸惑うが、その間にも次々と客がやってくる。
最近愛人を亡くした女は、食堂に居合わせた若いサラリーマンと良い雰囲気になる。新潟の実家を飛び出し浮浪者同然の姿でこの店にたどり着いた若い女は、住み込みで働くことになり、常連客の女に会うため東北から出てきた中年男も、心に大きな屈託を抱えている。安倍夜郎の同名コミックの映画化で、監督は松岡錠司。
各エピソードは御都合主義的だが、このようなタイプの映画では許される。ストーリーではなく“語り口”を楽しむ作品であり、その意味で狂言回しであるマスターと客達との“距離”が上手く取れていることに感心した。マスターは客に対して助言したり、真に困窮している者を助けたりはするが、他人の人生に踏み込むようなことはしない。食堂の主人という立場をわきまえた上で、出来ることをするだけだ。
その“寸止め”の有り様が的確で、結果としてリアリズムよりも癒し系ドラマ(嫌な表現だが ^^;)の側面がクローズアップされ、万人にアピールできるような内容に仕上がったと言えよう。福島の被災地のエピソードも「さよなら歌舞伎町」みたいなワザとらしさは希薄で、しみじみと迫ってくる。
特筆すべきは各パートで料理が絶妙の小道具になっていること。出てくるメニューはすべて庶民派だが、どれも素晴らしく美味しそうに撮られており、話にもうまく絡んでいる。食堂およびその周囲のたたずまいも、実に情緒があってよろしい。
マスター役の小林薫をはじめ高岡早紀、柄本時生、菊池亜希子、田中裕子、オダギリジョー、余貴美子など多彩なキャストが持ち味を出して場を盛り上げている。特に久々登場の筒井道隆と、演技に成長の跡が見られる多部未華子の頑張りは印象的だった。そして鈴木常吉によるテーマ曲をはじめ、音楽の使い方に細心の配慮が成されていることに感心した。深夜しか開いていないのはネックだが、こういう食堂があれば私も足を運んでみたくなる。