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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「二郎は鮨の夢を見る」

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 (原題:JIRO DREAMS OF SUSHI)描き方が表層的であり、鑑賞後の満足感は著しく低い。ドキュメンタリー映画はいかに作者が対象に関して深い洞察を試みるかが最大のポイントになるはずだが、本作はそのあたりがまったく練られていない。覚束ない足取りで対象の周りをうろついているだけならば、最初からドキュメンタリーなんか撮るなと言いたい。

 本作の題材は、5年連続でミシュランの3つ星を獲得している銀座の鮨屋「すきやばし次郎」の店主、小野二郎である。この店のロケーションは普通のビルの地下で、座席はカウンターのみの10席。手洗いも店の中には無い。どう見ても大衆路線だが、実は世界中の食通たちを唸らせる高級店で、予約を入れると一ヶ月も待たされ、メニューも鮨のみで酒類は置いていない。しかも料金が“おまかせコースが3万円から”という破格のものだ。



 このような店を仕切る小野はカリスマ的な存在感を発揮しているはずだが、映画ではそのあたりは全然描かれない。彼が持ち合わせているであろう食に対する狂気にも似た思い入れも、まったく画面から伝わってこない。日本中どこにでもあるような、鮨屋のオヤジにしか見えないのだ。

 店のスタッフが握る鮨は確かに美味そうだが、ヨソの店とどう違うのかと聞かれると、何も答えられない。美味しさの秘訣はもちろん“企業秘密”だから教えてくれるはずもないが、観客にそれを暗示させるようなモチーフぐらい引っ張り出しても良いのに、そのあたりもまるで不発。小野自身にも“鮨はネタとシャリとのコンビネーションが大事”だとか何とかいう、鮨職人ならば誰でも口にするようなことしか語らせていない。

 そもそもこの店の鮨が美味いというのはミシュランだのグルメ記者だの金回りの良い顧客だのが勝手に語っているに過ぎず、どういう風に美味いのかを映像で見せてくれる場面に最後までお目にかかれないとは、手抜き以外の何物でもない。わずかに興味深かったのは築地市場の場面ぐらいだ。



 この映画はデイヴィッド・ゲルブなるアメリカ人が撮ったシャシンなのだが、来日中に味わった鮨がことのほか美味しかったということだけで、ほんの一ヶ月程度小野に密着して、それらしいシロモノをデッチ上げたという印象しか持てない。つまりは欧米人向けの“観光グルメガイド”であり、その程度の価値しかない映画だと思う。果ては“最近は良いネタが手に入らない”という関係者の嘆きを引用して環境問題にまで(御為ごかし的に)色目を使うという、恥ずかしいマネまでやってのける。

 さて、私自身はもしも資金があればこの「すきやばし次郎」で鮨を食べたいかと聞かれたら、ノーと答えたい。求道的な店主を目の前にして鮨のみを淡々とパクつくというのは、どうも性に合わない。鮨を食べるときぐらいリラックスして楽しみたいものだ。

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