大して面白くもない。直木賞を受賞した桜庭一樹による同名小説はすでに読んでいるが、この映画化作品は筋書きが違う。別に“原作をトレースしていないからダメだ”と言うつもりなど毛頭無いが、小説版で提示された重要なモチーフがスッポリと抜け落ち、代わりにどうでも良いようなシークエンスが挿入されている。つまりは物語の要点が捨象されて余計なエクステリアが付与されているということで、これは評価出来ない。
北海道南西沖地震により大津波に襲われた奥尻島で家族を失った10歳の少女・花は、遠い親戚だという腐野淳悟に引き取られ、二人で暮らすようになる。地元の名士で二人の後見人になった大塩は、成長して高校生になった花と淳悟の歪んだ関係に気付くが、やがて流氷の海で死体となって発見される。それを切っ掛けに花と淳悟は北海道を離れ、住居を東京に移す。
原作では、花が美郎との新婚旅行から帰ってみると淳悟が消えたことが最初に描かれ、それから時間を遡って花と淳悟との関係性が綴られていくのだが、映画では二人の出会いから始まり、そこからノーマルな時系列で進められる。この脚色は良くない。
実を言うと、原作で花と淳悟との“間柄の秘密”が示されるのはラスト近くの、震災よりも前の出来事に言及されるパートにおいてである。そこを終盤に持ってきているおかげで、原作はかなりのインパクトを獲得するに至ったのだが、時制の組み立てを反対にしている映画版ではそれが描けない。
その代わりに何があるかというと、社会人になった花の交際相手である美郎と淳悟との、珍妙な掛け合いである。美郎がこの二人のただならぬ関係を察するという意味で考案されたのかもしれないが、蛇足以外の何物でも無い。その後に示されるエピローグも、何とも要領を得ない表現で脱力する。
熊切和嘉の演出は前作「夏の終り」同様、テンポが悪く本調子とは言えない。舞台設定によって撮影メディアを変更するという方法は成果が上がっていないし、花と淳悟との絡みのシーンで部屋が血の海になるといった幻想場面も奇を衒ったものとしか思えない。そしてセリフの聞き取りにくさがドラマの進行を停滞させている。唯一良かったと思えたのは、犯罪ドラマとしては欠点が目立つ原作のストーリーを何とかカバーしていることだろうか(プロットに難があるため、私は小説版を評価していない)。
主演の浅野忠信と二階堂ふみは熱演している。モスクワ映画祭で賞を獲得した浅野のパフォーマンスは彼のキャリアの中での代表作となりそうだし、二階堂も年齢を感じさせずファム・ファタールを演じきっている。余談だが、姉の宮崎あおい(←だから、姉じゃねえだろ ^^;)と似ているのは顔だけで、首から下は全然造型が異なっていることを再認識した(爆)。脇の藤竜也や高良健吾も悪くないし、北国の描写も捨てがたいのだが、映画の出来がこの程度では褒め上げるわけにはいかない。