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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「そこのみにて光輝く」

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 どうしようもない連中の、どうしようもない言動をリアルなタッチで描いているのに映画は暗くならない。それどころか“感触”は柔らかく全編に渡って温かい空気感が漂う。作者のポジティヴな視線が印象的な佳編だ。

 業務上の事故がトラウマになり、休職中の主人公・達夫は無為な生活を送っていた。ある日彼はパチンコ屋でチンピラ風の若者・拓児と知り合い、意気投合する。拓児は浜辺のバラックのような家で、姉の千夏と母親、そして脳梗塞によって寝たきりになった父親と暮らしている。

 拓児は前科があり、保護観察中だ。千夏は家族を養うために身体を売っており、拓児の保護司である会社社長の中島とも愛人関係にある。達夫は千夏に惹かれて交際するうちに復職することを決意し、拓児も一緒に雇ってもらうように経営側に掛け合うが、千夏を食い物にする中島の態度に怒った拓児は、傷害事件を引き起こす。佐藤泰志による同名小説の映画化だ。

 やはり佐藤の原作による「海炭市叙景」(熊切和嘉監督)と同様、舞台になる函館の町が行き場の無い登場人物達の心情のメタファーになっているが、本作はあの映画ほど絶望的ではない。ドン詰まりの人生ながら、どこかに未来に向かってブレイクスルーする道が存在しているはずだという、確固とした信念が垣間見える。

 彼らは社会の底辺で生きているが、決して捨て鉢になってはいない。互いのことを思いやるとき、まさにタイトルの“そこのみにて光輝く”というフレーズ通りに、取るに足らない人間が“輝き”を放つ瞬間を見事に掬い上げているのには感心する。

 最初は孤独に見えた達夫も、長らく会っていない妹からの手紙が示すように、決して一人きりではない。対して物事を功利的にしか見ない中島は、経済的に恵まれていても最後まで“輝き”を見せることはないのだ。もちろんこれを“貧乏人イコール人情に厚く、金持ちイコール人間的に冷たい”という単純な図式に持って行くほど作者は愚かではない。本作の作劇は彼らがいかにしてそのような人間性を持つに至ったかを、微分的に暗示することに長けていると言える。

 呉美保の演出は堅牢で、一点の緩みも無い。また監督が女流であるせいか、達夫役の綾野剛に対して強い思い入れを感じさせる(笑)。実際、綾野の演技も今までのキャリアの中で最良とも言える出来映えだ。拓児に扮する菅田将暉も「共喰い」に続く快演で、荒削りながらナイーヴな持ち味を全面展開している。千夏を演じる池脇千鶴は腰の据わった力演を見せ、上半身(特に二の腕)に生活感のあるテイストを滲み出しており、まさに貫禄たっぷりだ。

 高橋和也や火野正平、伊佐山ひろ子といった脇の面子も実に良い。終盤での、浜辺に佇む主人公達がオレンジ色の陽光に包まれる情景は、何とも言えない感慨を観る者にもたらす。若くして世を去った佐藤泰志の著作はそんなに多くはないが、是非とも他の小説の映画化作品を観てみたいものだ。

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