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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「菖蒲」

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 (原題:TATARAK )アンジェイ・ワイダ監督の新作だが、歴史ネタを大上段に振りかぶって描こうとして結局は上手くいかなかった前回の「カティンの森」のよりも、数段好感の持てる作品だ。上映時間は短いが、それだけにキレの良さも一層印象付けられることになる。

 ベテラン女優のクリスティナ・ヤンダはカメラマンだった夫を病で亡くし、失意の中にあった。そんな中、ワイダ監督から映画出演を依頼される。一度は断るものの、付き合いの長い同監督のオファーを結局は受け入れる。その映画の題名は「菖蒲」で、大戦後のポーランドに生きる人妻の話である。

 劇中のヒロインは医師である夫から不治の病に冒されていると診断されるが、本人はそれを告げられない。ある日、彼女は街のイベントスペースで見かけた若者に恋心を抱き、たびたび逢うようになる。

 設定を見ても分かるように、これは“映画内映画”の体裁を取る“メタ映画”である。通常こういう形式の作品は、映画の中で扱われる“映画”が、それを取り巻くシチュエーションといかに上手くリンクしているかによって出来不出来が決定するのだが、本作は及第点に達している。

 まず、クリスティナ・ヤンダの夫は本当に世を去ってしまったこと、そんな彼女に新作のオファーを舞い込むこと、これらは“本当のこと”だ。つまりは、リアルな事象によって物語の外堀を埋めている。そして、劇中映画「菖蒲」では死の淵にあるのは彼女が演じる役の方であり、夫はそれを“見送る”立場にあること。スタンスを逆転させることにより、題材である“死”を重層的に描こうという企てが成功していると言える。

 さらに終盤近くには、ヒロインは現実とフィクションを同一視してしまい現場からエスケープしてしまう。彼女のようなキャリアの長い女優でも、劇中の設定が実生活と重なることにより、抑えられないほどの衝動に駆られてしまう。俳優が映画の中で他者の人格を“演じる”ことの、(ある意味)不条理性をレアな形で提示し、観る者を慄然とさせる。また、このテーマは年を重ねて残された時間も長くないワイダ監督の心境をも投影していることは言うまでもないであろう。

 クリスティナ・ヤンダはかつてワイダ監督の「大理石の男」と「鉄の男」で強烈な存在感を見せつけたが、本作での彼女は若い男とは不釣り合いなほどに年を取ってしまったという喪失感を表現していて見事である。ポーランドの地方都市の風情と清涼な映像も捨てがたく、数多くの話題作を撮ったワイダ監督のフィルモグラフィの中でも特筆すべき地位にランクされるべき佳編だと思う。

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