近年は東京造形大学の学長としての仕事が忙しいせいか、スクリーンでは御無沙汰気味の諏訪敦彦監督が99年に撮った作品で、その年のカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を獲得している。実際優れた映画であり、観賞後の満足感は実に大きい。
40代後半で離婚歴のあるレストラン経営者・織田(三浦友和)は、29歳のデザイナー、アキ(渡辺真紀子)と同棲している。ある日、織田の元妻が交通事故で入院し、退院までの1ヶ月ほど、彼が子供(俊介・8歳)を預かるハメになる。事前に何の相談もせずに子供を連れてきた織田に対し、アキは困惑を隠せない。やがて二人の間に目に見えない溝が生じてくる。
たぶん“この男ってバカだね”と一言で片付けてしまう評もあるだろうし、私もそれに反論はしない。彼女に何も相談せずに大事なことを決め、本気で反省もしていない。しかも、子供がいなくなれば、また元のサヤに収まると信じ込んでしまう脳天気さ。これじゃ元のカミサンが出ていくのも当然。でも、そんな下世話な図式で終わっていないところがこの映画の侮れない点だ。
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誰がこの主人公を笑うことができるのか。人間関係なんて、そんなデジタルに割り切れるものじゃない。いいかげんで、ご都合主義で、ナアナアで済まして、何となく“雰囲気”だけで日々過ぎていく。誰でも程度の差こそあれ、この主人公のような優柔不断な面を持っているんじゃないか。目の前の問題をつい先送りしちゃうのではないか。それが“家族関係”ならなおのことだ。
この映画は、登場人物同士の激しい葛藤や衝突はあまり描かれない。しかし、その点こそが素晴らしくリアルなのだ。ベルイマンの映画のように、内面の苦しみを赤裸々に表現する手法よりも、この“小市民的アプローチ”の方が、凡夫に過ぎない私の心に重くのしかかる。
一緒に暮らしているとはいえ、いったい相手の何を知っていたというのか。私はなぜか織田よりも、異性であるヒロインのアキの方に感情移入してしまった。子供が生活に侵入した。ジャマくさいんだけど、付き合ってみれば可愛い。しかし、相手は男の先妻の子だ。うまく面倒を見れば見るほど、内面の屈託から逃れられない。またそんな自分に嫌気がさしてしまう。そして、家の中から自分の居場所がなくなってくる。観ていてたまらない気持ちになった。
しょせんは気楽な同棲生活。お互い責任を取らないモラトリアムな立場にいた二人が、子供の出現により片方(アキ)は虚飾めいた生活から自分の人生に真に向き合うことになり、もう片方(織田)は相変わらずナアナアの生活を続けることにこだわる。前者に共感するものの、後者の気持ちもわかる。人間そのものを安易に断定してしまわない作者の確かな視線、冷静なスタンスには感服するしかない。
ワンシーン・ワンカットの多用。ほとんど屋外に出ないカメラは、テーマに“逃げ道”を封じた作者の覚悟を感じさせる。シノプシスだけで詳細なシナリオを廃したいわゆる“マイク・リー的手法”が抜群の効果。2時間半の長尺ながら、一時たりとも退屈を感じさせない心理サスペンス。何気ない日常の中にこそドラマは潜んでいると言わんばかりの瞠目すべき秀作である。
40代後半で離婚歴のあるレストラン経営者・織田(三浦友和)は、29歳のデザイナー、アキ(渡辺真紀子)と同棲している。ある日、織田の元妻が交通事故で入院し、退院までの1ヶ月ほど、彼が子供(俊介・8歳)を預かるハメになる。事前に何の相談もせずに子供を連れてきた織田に対し、アキは困惑を隠せない。やがて二人の間に目に見えない溝が生じてくる。
たぶん“この男ってバカだね”と一言で片付けてしまう評もあるだろうし、私もそれに反論はしない。彼女に何も相談せずに大事なことを決め、本気で反省もしていない。しかも、子供がいなくなれば、また元のサヤに収まると信じ込んでしまう脳天気さ。これじゃ元のカミサンが出ていくのも当然。でも、そんな下世話な図式で終わっていないところがこの映画の侮れない点だ。

誰がこの主人公を笑うことができるのか。人間関係なんて、そんなデジタルに割り切れるものじゃない。いいかげんで、ご都合主義で、ナアナアで済まして、何となく“雰囲気”だけで日々過ぎていく。誰でも程度の差こそあれ、この主人公のような優柔不断な面を持っているんじゃないか。目の前の問題をつい先送りしちゃうのではないか。それが“家族関係”ならなおのことだ。
この映画は、登場人物同士の激しい葛藤や衝突はあまり描かれない。しかし、その点こそが素晴らしくリアルなのだ。ベルイマンの映画のように、内面の苦しみを赤裸々に表現する手法よりも、この“小市民的アプローチ”の方が、凡夫に過ぎない私の心に重くのしかかる。
一緒に暮らしているとはいえ、いったい相手の何を知っていたというのか。私はなぜか織田よりも、異性であるヒロインのアキの方に感情移入してしまった。子供が生活に侵入した。ジャマくさいんだけど、付き合ってみれば可愛い。しかし、相手は男の先妻の子だ。うまく面倒を見れば見るほど、内面の屈託から逃れられない。またそんな自分に嫌気がさしてしまう。そして、家の中から自分の居場所がなくなってくる。観ていてたまらない気持ちになった。
しょせんは気楽な同棲生活。お互い責任を取らないモラトリアムな立場にいた二人が、子供の出現により片方(アキ)は虚飾めいた生活から自分の人生に真に向き合うことになり、もう片方(織田)は相変わらずナアナアの生活を続けることにこだわる。前者に共感するものの、後者の気持ちもわかる。人間そのものを安易に断定してしまわない作者の確かな視線、冷静なスタンスには感服するしかない。
ワンシーン・ワンカットの多用。ほとんど屋外に出ないカメラは、テーマに“逃げ道”を封じた作者の覚悟を感じさせる。シノプシスだけで詳細なシナリオを廃したいわゆる“マイク・リー的手法”が抜群の効果。2時間半の長尺ながら、一時たりとも退屈を感じさせない心理サスペンス。何気ない日常の中にこそドラマは潜んでいると言わんばかりの瞠目すべき秀作である。