(原題:THE GREAT ESCAPER )本作に“欠点”があるとしたら、それはこの邦題だろう。まるで通俗的メロドラマかラブコメみたいなタイトルで、普通ならば鑑賞対象にはならなかったはずだ。しかし、何の気なしにストーリー設定とキャストをチェックしてみたら、これはとても見逃せない内容であることが窺われた。まったくもって、我が国の配給会社にはセンスが足りていない(まあ、昔からそうなんだけどね ^^;)。
2014年の夏、イギリス南東部の都市ブライトンにある老人ホームで暮らすバニーとレネのジョーダン夫妻は、静かに余生を送っていた。ところがある日、バニーはフランスのノルマンディーへ向かって一人で旅立つ。目的はノルマンディー上陸作戦70周年の記念式典に参加することと、今は亡き戦友の墓参りである。とはいえ周囲に無断で出掛けたため、彼が行方不明だという警察のSNSの投稿をきっかけに、思いがけず世間で大きなニュースになってしまう。実話を基に描いたヒューマンドラマだ。
戦争は悲惨な出来事だが、生き残ってそれから長らく人生を送った者にとっては、“自分史”の一つとして昇華される。いろいろなことが起きたが、それでも戦後は年齢を重ねてきた。その確固とした事実は、現時点で出会う人々に対しても存在感を発揮する。同じくノルマンディー上陸作戦に従軍した老紳士に、施設の若い女子ヘルパー、さらにはこの記念日に合わせてやってきた元ドイツ兵たちをも感心させる。
レネにとっては、夫と離ればなれになるのは戦時中に続いて2度目なのだが、今回は夫の無事を信じて疑わない。夫婦を演じるマイケル・ケインとグレンダ・ジャクソンは、まさに余裕のパフォーマンス。この2人が出ているだけで、彼らのキャリアを想起させて観る者を満足させてしまう。オリヴァー・パーカーの演出も横綱相撲で、ケレン味も無く悠々とドラマを進めていく。
ジョン・スタンディングにダニエル・ビタリスなどの脇のキャスティングも良好で、若き日の主人公たちに扮するウィル・フレッチャーとローラ・マーカスの演技も手堅い。なお、ケインは本作での引退を宣言し、ジャクソンはこれが遺作になった。彼らの最後の勇姿を見届けるだけでも、観る価値がある。