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Channel: 元・副会長のCinema Days
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カート・ヴォネガット・ジュニア「タイタンの妖女」

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 出版は1959年。奇天烈な内容のSF作品で読んだ後は面食らったが、これはジョージ・ロイ・ヒル監督による怪作「スローターハウス5」(72年)の原作者が手掛けた本だということを知り、取り敢えずは納得してしまった。つまりは“考えるな、感じろ”という性格の書物なのだろう。とはいえ中身には幾ばくかのペーソスが挿入されており、読者を置いてけぼりにしないだけの工夫は施されていると思った。

 22世紀のアメリカ。主人公のマラカイ・コンスタントはカリフォルニア州出身の大富豪だが、彼自身は目立った功績を残してはいない。単に幸運により父親が遺した財産を殖やしただけだ。一方、ニューイングランドの裕福な家系に生まれたウィンストン・ナイルス・ラムフォードは、その財を活用して宇宙探検家となる。彼が地球と火星の間を行き来している際に“時間等曲率漏斗”なる事象に遭遇し、飼い犬のカザックと共に“波動現象”という超越的な存在に転生してしまう。

 彼らは、太陽からベテルギウスに至る螺旋上に意識の主体を置き、その螺旋が惑星に遭遇すると一時的にそこで実体化するらしい。過去と未来を知る全能の神のようになった彼は、わざと地球と火星との戦争を引き起こし、マラカイの記憶を消して火星軍の一兵士として出陣させる。だが、どういうわけか水星へと向かってしまい、さらに紆余曲折を経た後、土星の衛星タイタンで彼の運命を操るウィンストンに出会う。

 AIと人間、そして戦争と平和との関係性を変化球を駆使してシニカルに描くという方法自体は誰でも考え付きそうだが、本書のアプローチは常軌を逸しており、容易に真似が出来るものではない。支離滅裂のようで何やら話に愛嬌があり、キャラクターの存在感は屹立している。マラカイとウィンストンだけではなく、トラルファマドール星出身の機械生物サロや、マラカイの妻と息子など、それぞれ一冊の本が書き上げられるほど存在感は大きい。終盤の展開と幕切れは悲しくも鮮やかで、映像が浮かんでくるようだ。

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