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“ポエム”という名のカルト宗教。

 去る1月14日(火)に放映されたNHKの「クローズアップ現代」は実に興味深かった。タイトルは「あふれる“ポエム”?! 不透明な社会を覆うやさしいコトバ」というもので、実態をひた隠しにして口当たりの良い謳い文句で誤魔化そうとする“ポエム化”なる風潮を切ってみせる内容である。なお出演者は司会の国谷裕子のほか、コメンテーターとして大学教員の阿部真大(社会学)とコラムニストの小田嶋隆が顔を揃えていた。

 番組はまず、熊本県人吉市が制定した条例について紹介する。その名は「子どもたちのポケットに夢がいっぱい、そんな笑顔を忘れない古都人吉応援団条例」という気色悪いものだが、内実は“ふるさと納税をよろしくお願いしまーす”という勧誘スローガンに過ぎない。人吉市では極度に老朽化した市庁舎も建て直せないほど財政が逼迫しているという。ならば率直にその旨を訴えてふるさと納税をPRすればいいのに、無駄に“子どもたち”だの“笑顔”だのといったフレーズをくっつけてイメージ戦略を打ち出そうとしている。その考えが浅ましい。

 次に、千葉県習志野市で、震災後マンション開発業者から“売れ行きに支障が出る”とかいう陳情が出たため、地名を昔からある“谷津”から“奏(かなで)の杜”に変更したことが取り上げられていた。この“谷津”という地名は文字通り地勢を示すものでそれ自体に立派な意味があるのだが、それを民間業者の損得勘定によって簡単にポエティックな名称に変えてしまう市当局の無節操さが浮き彫りにされる。

 だが、以上二つのポイントは単なる“ダメな自治体に対する批判”に過ぎず、殊更強く興味を抱かせるようなものではない。本番組のハイライトは、この後だ。

 某NPOが主催する居酒屋甲子園という全国規模のイベントがある。2006年から始まり、年一回開かれているらしい。毎回5,000人規模の集客があるという、けっこう大きな催し物だ。この居酒屋甲子園という名称を聞けば、誰だって“ああ、全国の居酒屋が自慢のメニューを出し合い、一番美味しい店を観客の投票で決めるといった大会なのだな”と思うだろう。ところが実態はまるで違う。

 全国から選抜された居酒屋のスタッフが、ステージで自店への想いや取組みを発表するというのがこのイベントの“中身”なのだ。ならばよくある(QC大会みたいな)業務改善のプレゼンテーションの場なのかというと、それとも全く異なる。若い店員達が舞台に上がり、いかに自分たちが居酒屋で働くことによって幸せになれたか、いかに居酒屋で掛け替えのない“仲間”を得られたか、そういうことを絶叫パフォーマンスと共に延々と訴えるのだ。

 テレビ画面に映し出される彼らの表情は陶酔感で溢れ、涙を流す者も大勢いる。“居酒屋から日本を元気にする”とかいう意味不明のスローガンを盲信したかのように、ひたすら前向きでポエティックなフレーズ繰り返す。その有様は、まるでカルト宗教だ。

 ならばその大会で優勝した居酒屋の実状はどういうものかというと、実にお寒い限り。従業員は毎日大声で内容空疎なシュプレヒコールをブチあげると、激務で疲れ果てた身体に鞭打って、夜遅くまで働く。二十歳代後半の店長は目の下に隈を作りながら、極度に長い労働時間(一日16時間にも及ぶこともある)をこなしているという。おそらく、休みはほとんどないだろう。それでいながら、彼の年収は大手企業の新入社員にも及ばないのだ。

 しかし、そんな彼らには絶望の影はなく、それどころか毎月給与明細に同封される上司からの自筆の“激励の手紙”を読んで素直に喜んでいる。なお、この居酒屋チェーンではこの“ポエムなカリキュラム”を導入することにより離職率を押さえ込むことに成功したという。

 何のことはない、これはポエムを隠れ蓑にしたブラック企業である。コメンテーターの指摘の通り、ブラック企業が強要する“同調”は“連帯”とは違い、排除と表裏なのだ。ただ、そんな劣悪な職場環境においてもポエティックなスローガンを前面に掲げられれば“やり甲斐”(らしきもの)を感じてしまう若者達が哀れだ。彼らがいくら“やり甲斐”を持とうが、こんな企業はそれに報いることはない。

 いわゆる“振り込め詐欺”が手を変え品を変え、一般ピープルのなけなしの金を虎視眈々と狙っているように、ブラック企業も強制一辺倒から今回のような“ポエム作戦”に装いを変えて、従業員の労働力を買い叩こうとしているのだろう。そして当然の事ながら、ブラック企業がはびこる状況を作り出した景気の悪さが背後にはある。

 口当たりの良い“ポエム”な言葉の氾濫の裏にある深刻な現実。カルト化するブラック企業の労務管理。世の中の風潮にケンカを売ったような、本当に見応えのある内容だった。この番組は毎回見ているわけではなく、月に2,3回チャンネルを合わせる程度だが、偶然こういうヴォルテージの高い回に当たったことはラッキーだったと思う。

 それにしても、ポエティックな名の条例のことを取材され、当然番組の中では好意的な扱いを受けるだろうと思い込んでいた人吉市役所の面々は、今頃顔色を無くしていることだろう(爆)。
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