(原題:KUOLLEET LEHDET )フィンランドの名匠アキ・カウリスマキ監督の5年ぶりの“復帰作”ということで、斯様に長いインターバルを経て大丈夫なのかと観る前は少し心配だったが、実際に接してみるとそれは杞憂だった。それどころか、彼のフィルモグラフィの中では上位にランキングされるほどの質の高さだ。2023年の第76回カンヌ国際映画祭で審査員賞を獲得したのも納得出来る。
ヘルシンキのスーパーに勤務していたアンサは、些細なことで仕事をクビになってしまい、工場で下働きをする日々を送っている。一方、工事現場で塗装工として働いていたホラッパはアル中気味で、職場に酒を持ち込んでいたことが上司に知られ、リストラの憂き目に遭う。そんな2人がカラオケバーで出会い、互いに惹かれ合うものを感じてデートするような仲になるが、名前も告げないまま不運な偶然が重なって再び会うことが出来なくなる。
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主人公たちはカウリスマキ作品ではお馴染みの、無愛想で冴えない中年男女だ。煽情的なラブ・アフェアや熱っぽく愛を語る場面も無い。しかし、彼らの内面には互いを必要とする切迫した心情が渦巻いている。作者はそれをキャラクターの微妙な表情の変化や少ないセリフ回しで鮮明に描き出す。毎度のことながら、この手腕には感心するしかない。
さらに今回は、舞台設定や大道具・小道具などのバックアップが実に効いている。アンサの部屋にはテレビが無い。洒落たインテリアも見当たらない。年代物の大きなラジオだけが存在感を醸し出しているが、そこから主に流れるのはウクライナの悲劇を伝えるニュースだ。そしてアンサが最初勤務していたスーパーは、絵に描いたようなブラック会社。ホラッパの境遇も似たようなもので、まあ職を失うのは本人の蒔いた種なのだが、良いトシの大人を貧乏学生の下宿みたいなタコ部屋に押し込める阿漕なマネをしている。
こんな殺伐とした世の中であるからこそ、2人の関係が掛け替えのないものに映るのだ。つまり、荒んだ社会に対抗できるのは個々人のささやかな愛情だけなのだという、ピュアな理想が痛いほど伝わってくるのである。上映時間が81分と短いのだが、カウリスマキの作劇はかなりの密度だ。
主演のアルマ・ポウスティとユッシ・バタネンは名演と言うしかなく、甲斐性の無い主人公たちを世界一魅力的な人物として表現している。また、アンサとホラッパが足を運ぶ映画館の上映番組がジム・ジャームッシュ監督の「デッド・ドント・ダイ」(2019年)というマニアックなもので、壁に貼られていたポスターもデイヴィッド・リーンやジャン・リュック・ゴダール、ルキノ・ヴィスコンティ、ロベール・ブレッソンら往年の巨匠たちの作品ばかりで、この配慮は嬉しい。
使われている楽曲も気が利いていて、古いポピュラーソングにシューベルトやチャイコフスキーのクラシック、そして“竹田の子守歌”が流れてきた時は驚いた。ラストシーンは誰でも知っている“あの映画”の幕切れを彷彿とさせ、感慨深いものがある。この監督はこれからも良い作品を提供して欲しい。
ヘルシンキのスーパーに勤務していたアンサは、些細なことで仕事をクビになってしまい、工場で下働きをする日々を送っている。一方、工事現場で塗装工として働いていたホラッパはアル中気味で、職場に酒を持ち込んでいたことが上司に知られ、リストラの憂き目に遭う。そんな2人がカラオケバーで出会い、互いに惹かれ合うものを感じてデートするような仲になるが、名前も告げないまま不運な偶然が重なって再び会うことが出来なくなる。

主人公たちはカウリスマキ作品ではお馴染みの、無愛想で冴えない中年男女だ。煽情的なラブ・アフェアや熱っぽく愛を語る場面も無い。しかし、彼らの内面には互いを必要とする切迫した心情が渦巻いている。作者はそれをキャラクターの微妙な表情の変化や少ないセリフ回しで鮮明に描き出す。毎度のことながら、この手腕には感心するしかない。
さらに今回は、舞台設定や大道具・小道具などのバックアップが実に効いている。アンサの部屋にはテレビが無い。洒落たインテリアも見当たらない。年代物の大きなラジオだけが存在感を醸し出しているが、そこから主に流れるのはウクライナの悲劇を伝えるニュースだ。そしてアンサが最初勤務していたスーパーは、絵に描いたようなブラック会社。ホラッパの境遇も似たようなもので、まあ職を失うのは本人の蒔いた種なのだが、良いトシの大人を貧乏学生の下宿みたいなタコ部屋に押し込める阿漕なマネをしている。
こんな殺伐とした世の中であるからこそ、2人の関係が掛け替えのないものに映るのだ。つまり、荒んだ社会に対抗できるのは個々人のささやかな愛情だけなのだという、ピュアな理想が痛いほど伝わってくるのである。上映時間が81分と短いのだが、カウリスマキの作劇はかなりの密度だ。
主演のアルマ・ポウスティとユッシ・バタネンは名演と言うしかなく、甲斐性の無い主人公たちを世界一魅力的な人物として表現している。また、アンサとホラッパが足を運ぶ映画館の上映番組がジム・ジャームッシュ監督の「デッド・ドント・ダイ」(2019年)というマニアックなもので、壁に貼られていたポスターもデイヴィッド・リーンやジャン・リュック・ゴダール、ルキノ・ヴィスコンティ、ロベール・ブレッソンら往年の巨匠たちの作品ばかりで、この配慮は嬉しい。
使われている楽曲も気が利いていて、古いポピュラーソングにシューベルトやチャイコフスキーのクラシック、そして“竹田の子守歌”が流れてきた時は驚いた。ラストシーンは誰でも知っている“あの映画”の幕切れを彷彿とさせ、感慨深いものがある。この監督はこれからも良い作品を提供して欲しい。